子育てと時代の変化

 昔の話が多いのは年をとった証拠...と自戒しつつ、時代の変化に追いつけない自分がいる。"子育て"が本当に変った...と思う。例えば抱っこ紐を見ると大丈夫かな?と不安になる。今更だが、おんぶ紐は交差させ前で縛るので緩んだり、たるんだりが判る。もちろん、安全性が担保された商品だと分っているが、結ばなくてもよい抱っこ紐は何とも不安定な気がする。だが、それもおせっかいだと...ひとり茫洋と見る。本当に変わった...と思う。

 

 自宅から駅の道すがら母子の姿を見た。約束に間に合わないのか、母親はせかせかと歩く。4歳ぐらいの子どもは髪が乱れているが、気にもかけない。10分程度だったが気がかりは、子どもに1度も声をかけなかったこと。それどころか見もしなかった。だが、子どもは親に気を使っている様子で、定期的に母親との距離や動きを確認する。以前に迷子になったのか...、それともいつものことで習慣化したのか...慣れた様子で母親との距離を測る。それでも子どもらしくスキップしたり、少し高い境界石に登ったり遊びながら必死について歩く。いや、走っていた。おせっかいだと判っているが、子どもが親に気を使う姿が気がかり。早すぎて追いつけないまま駅構内に消えた。

 

 "食育"が言われているが、離乳食はほとんどパッケージ等を温め食べさせる。離乳食は時間と手間がかかるから当然。しかも最近は共働きが多いから少しでも手間を省かなければ疲弊する。休日のファミリーレストランには親子連れがとても多い。列をつくって待つ時、メニューを見て何を食べるか話す姿は楽しげだ。親子の会話もはずみ、母親だけが働く構図はない。だから、とても良い光景。でも便利になった裏で必ず他も変化している。最近、骨のついた魚を見ない。具材を原形で見ない。半調理の食材、総菜が当たり前で、インスタント食品はおいしくなり調理したものと相違ない。だから、子どもたちは具材がどのようなものか、魚の処理の仕方や調理法など判らなくても良い。腐ったり、しなびたりする食品を見ないので、生き物をいただく印象がない。"お手伝い"することがなくなり、子どもは1点でも良いテスト結果を求められる。だから"食育"は難しい。"食育"が言われ始めた頃「コケコッコ症候群」が話題だった。"個""欠""孤""固"を繋ぐと"コケコッコ"となる。それぞれ別なものを食べる"個食"、食べない"欠食"、1人で食べる"孤食"、そして食べるものが固定している"固食"。ファミレスでは別々に選ぶからまさに"個食"。そうか、すでに当たり前か...。だが、それを選択しなければ暮らせない...。そんな環境で育つ子どもにこれまでの"食育"で良いか...。子ども食堂は食べさせるだけで良いか...。私たちの仕事は、時代性を見失ってはいけない点と、大切なものを忘れない点が交差している。しっかりと周辺領域も見据えた検証をしないと誤る危険が潜んでいる。(2019.5

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