「断業」「捨行」「離行」で人生の大掃除を!(よし介工芸館・梅田久仁夫)

写仏でアート.JPG

▲写仏でアート(エクル倶楽部)

我が家はモノが溢れている。そのほとんどは無くても生活に不自由しないモノばかりだ。
家人は3人だが、それぞれの浪費癖と収集壁が数十年にも亘って
モノを買いあさってきた結果だ。
"所さんの世田谷ベース"だったらお客を招いても鼻が高い。
しかし、当家の事情は深刻だ。
"自分の宝は他人のゴミ"とばかり、お互いの生活圏を圧迫し合って苦々しく思っている。

流行り廃れを意識したことはなかったが、
欲しいと思った小モノは手の届く限り手に入れた。
刹那的な満足感が欲しくて、しばらくすると他のモノに食指が動く。
長年、それの繰り返しだった。
最も、それを抑制する同居人がいないということがそれに拍車をかけたのだろう。
齢60近くなって、いつまでもこんなことではいけないと考え、
今までのように大人買いをしなくなったが、
ただの渋チン止まりで何も問題解決となっていない。
我が家の「断捨離」改革は急務だ。
 
 「断捨離」とは、ただの整理術ではなく、
不要なモノを絶ち、捨てることで、モノへの執着から離れ、
身軽で快適な生活を手に入れるということらしい。
身の回りをスッキリさせることで、心の混乱も整理し、前向きな自分に生まれ変わる。
そして、身体の不調、煩わしい人間関係、忙しすぎる状況をも解決していくという。

そう言えば、子供のころ(昭和30年代前半)、
金の無かった自分の周りに余計なモノはなかった。
遊び場は海岸か近所の公園。そのような環境は自分の想像力を 育て、
自由奔放な快活さと心身の健康維持には不可欠だった。
夏になると麦わら帽子に海パン、ゴム草履は当時の湘南ボーイだ。
だが、年月が過ぎ、モノや小銭 に囲まれてくると偉そうなことを言っても、
その実、純粋性が薄れ、即物的な愛着心に支配されている自我に気付く。
 
この度の大震災の被災者にとって「断捨離」など禁句もしくは無用論だが、
瓦礫の中に埋もれていたアルバムや写真は、故人と在りし日を偲びつつ、
そして、再生と復興の道を歩む人生に寄り添ってくれる唯一のモノとなった。
  
津波によって全てのモノを失い、半ば諦観の心境となっても募る愛おしさ。
何もなくなり、いなくなってしまったからこそ初めて覚えた無常観。
いつまでも心の中にくっきりと刻まれ、生きていく支えとなる物は何だろう。

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▲白鳳時代の古刹 当麻寺(奈良)
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