想いもよらない切手の話(よし介工芸館・梅田久仁夫)
ume2IMG_6098.jpg コレクションのひとつに切手がある。50年前は元気に「切手集め!!」で、それを通じて多くの子供たちが顔を寄せ合うコミュニケーションがあった。だが今では独り静かな渋い鑑賞に変わる。小学生の時、お宝級(だったことを知らなかった)のレアな切手をもの知りで口のうまい同級生に何やかんやと言い包められ、あまり価値のない外国切手とトレードしてしまった苦い経験がある。確か綺麗な蝶がデザインされたものだった。その時に限っていやに真面目くさった彼のポーカーフェイスは今でも覚えている。調度、今頃の夏休み。家に帰った自分は、シャクシャクスイカを食べながらいつまでもその蝶の切手を眺めていた。いつの時代もお人よしは馬鹿を見るものだ。

東京オリンピック(1964)を記念に発行された切手が、当時としては斬新なデザインとして記憶に残っている。しかし、それ以後、郵政省の乱発行によって個々の切手の魅力が失せ、希少性が低下して愛好家の熱が冷めてしまった。それでも切手の持つ不思議な質感に魅せられ、今では浮世絵や古美術切手、世界遺産の類だけに限定して楽しんでいる。

切手の印刷は高度な技術が必要とされる。一般に印刷はオフセット印刷といわれるものが主流だが、切手は写真や美術の印刷に適しているグラビア印刷であり、インク量を調節して繊細な色の階調で表現する。また、インクにしても切手専用の特色を使用している。国立印刷局の技術者とアートデザイナーが綿密な仕上がり調整をすることによって、科学と芸術が調和した美しい切手となるわけだ。そして、極めつけの話としては手彫りの版を採用している切手もある。切手と同サイズの版を手で彫るという超アナログ職人技の世界!グラビア印刷の上にさらに手彫りの版を重ねて何とも高品位な刷色となる。

と、そこまで言われると、何としてでも数センチ四方の面にギッシリと刷り込まれた拘りと贅沢印刷の塊である切手の隅々まで穴が開くほど凝視したいのが人情。だが裸眼では到底焦点が定まらない年齢。グラビア写真を虫眼鏡で見る事はないが、切手というマイクロアートをルーペと眼鏡を合わせてグッと拡大する。(ウ~ン・・見える。見える。) 妥協の無い印刷によって原画のディテールが見事に再現されている。写楽や広重が小さな画面の中に生き生きと描かれていて暫し見惚れる。

切手アルバムは我が家の小さな美術館。お気に入りの11枚を丁寧に見ていると夏の夜はすぐに明けてしまう。やっぱり切手の鑑賞は寒くて長い冬の夜に限るということで今時の話じゃなかったか。

 

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