「愛と寛容(4)」  (湘南あおぞら・倉重 達也)
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 戦争やロシア革命など現実的な対応を迫られた20世紀前半の時代にフォ-スタは愛より寛容と言う徳が必要と説いたが、フォースタより2回りほど年下のジョージ・オーウェル(1903年~1950)は宗教的な絶対的な愛とヒューマニスティックな相対的な愛とに分けて考えた。

 オーウェルは、普遍的な愛のように、死後の世界をひたすら待ち望み、天国において報われるためには、貧しい人にも高慢な人にも意地悪な人に対しても平等に愛さなければいけないと言う考えは時代遅れだとし、自分は誰々よりも誰々の方が好きだと言う現世を重んずる相対的な愛の中に人間的な真実を見出そうとした。

つまり、オーウェルから見て上の世代は、まだ、あの世があることを信じて疑わないお目出度い世代だったが、オーウェルの生きていた時代にはそんなことを信じている人間はほとんどいないというオーウェル自身の実感からきている。

 さらに、皮肉屋で不満屋のオーウェルのことだから普遍的な愛を提唱しているその上の世代の代表格であるトルストイ、ガンジーこそ、地上の苦痛に満ちた生活から逃れて、自分達だけが天国に永遠の安らぎを見出そうとしている利己的な享禄主義者だと非難している。 

 ロシア革命とファシズムという時代的背景の中で、オーウェルは階級的な不正と時代的な錯誤の2つの視点から社会を鋭く批判しており、フォースタの説いた「寛容」という徳に頼るのは既に時代遅れで、金持ち階級のエゴにしか過ぎないとまで言いたそうである。

オーウェルの説くヒューマニスティックな愛とは、天上の愛を地上で実現しようとしたら、誠実な人間であれば、幸福と言うものがこの世の不幸の上に成り立っているということを認識するしかなく、結局、この世の不正とあらゆる意味における搾取に対して戦い続けるほかは愛の実現はないという戦う思想なのである。

以 上

 

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