「カガミ」か「カがミ」か~鼻濁音の話~(サービスセンターぱる・小林博)
先日の朝日新聞に衝撃的な記事が載った。大事故や大事件ではない。社会面の片隅に載った、ほんの500字ほどの三段記事である。でも、その小さな記事は、私にとって今のところ今年度のニュースランキング第1位である。

 『消えゆく鼻濁音』という記事である。ノートルダム清心女子大の尾崎善光教授が2009年に「国民の言語使用と言語意識に関する全国調査」を行い、発音の実態を調べた。その結果報告によって、日本人の鼻濁音の使用頻度に関する驚くべき事実が分かったのである。

鼻濁音についてはご存知かと思うが、念のため簡単に解説をしておく。日本語のカ行の「カ、キ、ク、ケ、コ」はk音だが、これが濁ると濁音「ガ、ギ、グ、ゲ、ゴ」になる。ごれは語頭だとg音だが、語中や語尾に来ると鼻から抜けるように発音する音になることがある。これを鼻濁音という。英語でいうとmorningの最後のgの音と同じで、独自の発音記号があるのだが、パソコンでは変換できないのでここでは、ひらがなで「が、ぎ、ぐ、げ、ご」と表記することにする。


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例えば、「学校」は「ガッコウ」だが、「中学校」になるとg音が語中にくるので「チュウガッコウ」という発音の他に「チュウがッコウ」と「ガ」を「が」という鼻濁音で発音する言い方をする人もいる。ほとんどの人が無意識に使い分けていると思うが、私は一貫して鼻濁音派で、「チュウがッコウ」と発音している。

 『消えゆく鼻濁音』の記事によると、鼻濁音で発音しているのは、「日本語」25.6%、「東」22.5%、「鏡」21.1%、「中学校」19.1%、「英語」19%だという。鼻濁音派は、圧倒的に少数派なのである。地方別の統計もあって、これがまた興味深い。「鏡」で鼻濁音を使う人は、九州・中国・四国では皆無だそうだ。近畿4.3%、首都圏22.2%で、最も多いのが東北の66.2%である。

これで自分が鼻濁音派であることの理由を納得できた。私は神奈川の生まれだが、両親は秋田出身で東北の血が流れているのである。試しに母親に「鏡」を発音してもらったら、やはり「カがミ」であった。「『カガミ』って発音する人もいるよ」と水を向けてみたら、90歳になる母親は、「『カガミ』ってヘンだよ。『鏡』は「カがミ」に決まってるだろ」と言下に断定した。こういう親に育てられたから私は鼻濁音派になったということが、よく分かった。

なぜ、東北地方にだけ鼻濁音が残り続けているのかは、追求すると面白いテーマになりそうだがここでは措いておこう。一番驚いたのは年代別の統計で、たとえば「鏡」で鼻濁音を使っている人は、50代25%、30代11.5%、20代になるとたったの5.8%だという。

鼻濁音を使う人は、若い人ほど減っている。鼻濁音は実質的に消滅の道をたどっていると言えるだろう。なぜ、若い世代で鼻濁音の使用が減っているのか、これまた面白いテーマだが、すぐに思いつくのは英語環境の日常化である。TVや映画はもちろんのこと実際の生活でも若い世代になればなるほど、英語の発音に接する機会は多いだろう。英語には、語尾の鼻濁音はあるが、語中で鼻濁音を使うことはない。「カがミ」というような発音はないのである。この言語環境の影響は大きいと思う。

鼻濁音が日本語から消えつつある。尾崎善光教授の調査をたまたま知ったから、この事実を数値的に実感できたが、多分、普通に生活しているだけでは鼻濁音の使い方のことなどには決して気がつかないだろう。そして、何十年かの内に「カがミ」と言っているのは、東北の血が流れているごく一部のじいちゃん、ばあちゃんだけになって、みんなが「カガミ」と言うようになっている。無性に空しく、寂しい気がする。密かに自分一人でも「鼻濁音を守る会」を結成しようか。誰か参加する人はいませんか。

多様な人々の統合は、障害福祉だけでなく、現代社会の重要な課題である。そのためには、言語の多様性を保障するのはとても重要なことである。「カがミ」派として無理やり牽強付会するならば、この現代的な課題に答えるためにも、鼻濁音は守り続けなければならない。そう言えば、統合は英語でintegrationだが、これからは東北訛りっぽく「インテぐレーション」とわざと鼻濁音で発音することにしよう。





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