川の流れと円周率(サービスセンターぱる・小林博)

美空ひばりは、人生は川の流れのようだと歌ったが、その流れが一瞬止まってしまうような驚きの出来事が人生には起きることがある。というのは、ちょっと大げさだが、川の長さ(実測)と川の起点から終点までを直線で結んだ距離(の二分の一)は円周率(π)対1の関係にある、という話を聞いて驚天動地の思いがしたのであった。
サイモン・シン著『フェルマーの最終定理』という本を読んでいたら、こんな話が出てきたのだった。

 

数学1.JPGピュタゴラスは自然現象を支配する数学規則を初めて明らかにし、数学と科学は基本的なところでつながっていることを示したのだった。科学者はこの時以来、あらゆる自然現象について、それを支配している数学原則を探すようになった。そのうちに、どんな自然現象からでも数がひょっこり顔を出すことがわかってきたのである。そんな例をひとつ挙げよう。曲がりくねった川の長さを測るために、ある数が役に立つのだ。ケンブリッジ大学教授で地球科学者のハンス・ハンリック・ステルムは、いろいろな川の長さと水源から河口までの直線距離との比を求めてみた。その比は川ごとに異なっていたが、平均すると3よりも少し大きい値になることが分かった。ということはある川の長さは、直線距離のおよそ三倍になるということだ。実を言うとこの比はほぼ3.14なのである。これはπ、すなわち円周と直径の比の値に近い。(注)

 

 

 私は根っからの文科系で、数学には相当な苦手意識とコンプレックスを持っている。中学までは比較的数学は好きだったのだが、高校に入って微分積分だの虚数などというものが出てきて、よく分からなくなり、こんなもの実生活に何の役に立つのだと自分の理解力のなさは棚上げにして反発し、それ以来、数学とはおさらばしていたのであった。と言いながら、この世界の秘密は数学を使うとかなり解けるらしい、ということは否定しがたいようなので、謎めいたものへの憧れのような感覚を数学に対してずっと抱いてきた。

 

たまたま新聞で『数学する身体』という本の書評を見かけ、永年持ち続けている数学に対するアンビバレントな感情のスイッチが入り、取り寄せて読んでみたのであった。森田真生というまだ30代前半の若い人が書いた本である。本の裏表紙に載っている著者のプロフィールを見ると、東大の数学科を出て、フリーの数学研究者をしているという。この森田さんの本が実に面白かった。私が読める位だから、もちろん数式など一切出てこないのだが、人は数学というものをどうやって生み出してきたのか、そして数学は私たちの身体(脳ではない!)とどう関わっているのか、ということを瑞々しい文体でとても説得的に説いていて、数学に苦手意識を持っている私などには、とても有難い本だった。

 

という訳で、俄かに数学づいてしまって、面白そうな数学本を探したら、上記のサイモン・シン著『フェルマーの最終定理』に行き当たり、読んでみたのだった。そうしたら、これが又実に面白い。「フェルマーの最終定理」という数学史上、最も難解と言われる定理が1993年にアメリカの数学者、アンドリュー・ワイルズによって証明された。この歴史的な証明にいたる過程を数学史のエピソードをふんだんに散りばめながら、ドキュメントしてサイモン・シンはこの本を書き上げた。川の長さとπとの関係という上記の話も興味深い語り口で紹介されていたのだった。

 

川の長さというバラバラで無秩序だと常識的には思われるものが、実はπという一つの数に収斂している。なんという不思議、なんというロマンであることか。そして、数学者の口真似をして、なんという美であることか、と言ってみようか。

こうして、この正月休みは「数学本」を読んで過ごした。その中には、数学史と数学教育の大家、東京工業大学名誉教授・志賀浩二先生の『無限のなかの数学』(岩波新書)などが入っている。志賀浩二先生は、湘南ゆうき村・志賀信道施設長の実の父君である。お会いしたことはないが、同僚の父君に私淑できるというのは、大変光栄なことだと思っている。

▼志賀浩二先生の本

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▼数学本いろいろ

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(注)サイモン・シン著『フェルマーの最終定理』(新潮文庫)p.50
このあとにもう少し詳しい説明があるので引用しておく。
「πはもともと円の幾何学に由来する数だが、これが科学研究のさまざまな局面に繰り返し顔を出す。川の長さの比の場合であれば、πがここ登場したのは、カオスと秩序のせめぎ合いの結果なのである。アインシュタインが最初に言い出したことだが、川はつねに曲がろうとする傾向をもっている。というのは、少しでもカーブがあれば、そのカーブの外側で浸食が進み、カーブはますます急になる。そしてカーブが急になれば、外側の流れはますます急になる。こうして浸食が進めば進むほど、川はどんどん曲がるという循環が起こる。しかし、その一方で、カオスを切り詰めようとする自然のプロセスも存在する。カーブが急になるということは、元の流れに対して折り返すことだから、そこにバイパスができやすくなる。バイパスができれば川はまっすぐになり、湾曲した部分は三日月湖となって川のわきに残される。対立するこれら二つの要素がバランスをとることによって、川の実際の長さと、水源から河口までの直線距離との比の平均値がπに近づくのである。とくにπに近くなるのは、シベリアのツンドラ地帯やブラジルのような、非常になだらかな平原を流れる川の場合だ。」


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