「第32回 『面倒だから、しよう』~渡辺和子~」

「置かれた場所で咲きなさい」の著書でブレイクした渡辺和子さんの「面倒だから、しよう」を先日、書店で買い求めました。

 表題の「面倒だからする」の章は、よりよい選択ができる人たちを育てたい、安易に流れやすい自分と闘い、面倒でもする人、倒れてもまた起き上がって生きてゆく人を育てたいという考えだと知り、なるほどとうなずきました。

 また、別の章では、今まで、もやもやと思っていたことをすっきりと解決させてくれたものもありました。

 

 それは、「与えられた試練に耐えるには」という章で、「神は、その人の力に余る試練を与えない。試練には、それに耐える力と、逃れる道を備えてくださる。」という部分を読んだ時です。

 今まで、私も友人から悩みごとを聞いたり、困ったことで相談を受けたりした時に、「神様は乗り越えられない試練は与えない、というから、きっと何とかなりますよ。」と軽く答えながら、でもどうにもならなかったらこの人はどうするのだろうと思うと、自分の安易な答えに対し、不誠実な滓のようなものが心の底に残っているのを感じていました。

 

 でも、この章を読んで、乗り越えなくてもよいのだ、逃れる道もあるのだと思った時に

何か、救われたという思いと同時に安ど感を感じました。

 救われたというのは自分自身も試練に直面したと感じた時に何とかしなければいけないという思いが強すぎたからだと思いますし、安堵感というのは他人に対して言っていたのも半分は間違えではなかったという想いからだと思います。

 あまりにも大きな困難や問題に直面した時に、これを何とか打開しなければいけない、負けてはいけないと思い詰める必要はないということは、まさに私にとってはコロンブスの卵でした。

 

 「面倒だから、しよう」と「逃れる道がある」ということは一見相矛盾する内容だと思うかも知れません。しかし、その微妙な均衡の中にこそ真実があるのだと思います。

 以上

 ▼「あおぞらの庭のたんぽぽ」

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