「波多江式インディアン的福祉論④ ~番外編:私の修行とは⁉~」(サービスセンターぱる 波多江 努)

これまでの私の課長日記では、「修行」という言葉を使って締めくくっているのですが、実は、この「修行」とは「モノづくり」なのです。根拠はありません。ただ何となくそんな気がしているのです。

これまで、いろんなモノづくりをしてきました。少し前は、海岸で流木を拾い、ドリームキャッチャーを作っていた頃もありました。ここ10数年は、レザークラフトにハマり続け、メディスンバック、財布や時計を作っているのです。

(少しキザなのですが)これまでのモノづくりを通して、感じるのは「出会い」と「対話」。

材料同士の組み合わせ(革と革の組み合わせや革の色と糸の色など)を繰り返していくと、モノが完成する。この組み合せを「出会い」と表現しているのです。

また、完成品を見てみると、雑な部分や出来が良い部分などがあります。制作時の気持ちと完成品の「対話」がカタチになっているのだろうと思います。

 

モノづくりにハマったきっかけは、幼少期に母から「折り紙上手だね。」という一言。

純粋に嬉しかった気持ちを今でも何となく覚えています。当時の私の自己実現というものだったのかもしれませんね。

今でも完成したモノをほめてもらえるのは嬉しいことであるし、子どもたちにプレゼントをして喜んでもらえるのも悪くありません。

 

しかし、変わり者の私には何かが足りないのです...。モノづくりを通して「コレだ!!」というものを掴んでいないような気がしてしまうのです。何かがあるような気がしてならないのです。(冒頭にも述べましたが、根拠はありません)

それが、「材料に対する感謝」なのか、制作をしている間の「時への敬い」なのかもしれません。

私の修行とは、そのモノづくりの本質に触れることなのかもしれないと感じているのです。

 

...という面倒くさいことも考えながら、モノづくりを続けることが、私にとっての最高の時間なのです。今度は何を作ろうかなぁ(笑)

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                              写真解説:数年前に家族にプレゼントした作品です。

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