遺していくもの(よし介工芸館・湘南だいち 伏見康一)

いま、東京国立博物館で「縄文展」が開催され、遺跡めぐりや土偶などが注目を集めているようだ。私が住んでいる大和市つきみ野はおよそ2万年前の旧石器時代から狩人が暮らしていた土地で数多の遺跡が発掘された場所である。思い起こせば母校(中学)の中にも遺跡があった。広範囲に渡る宅地造成工事が行われたからこそ、数多の遺跡を発見することが出来たのではないか、と推察できる。

 

なぜ、この地で暮らしたのだろう。近所にある「大和市鶴舞の里歴史資料館」に行ってみると当時の地形図があった。それによると「境川」と支流である「目黒川」沿いに遺跡が点在していることが判る。川沿い、しかも小さな川沿いこそが生活に適していたのだろう。考えてみれば農耕のみならず、漁、物流もこなせる。また水力を利用した動力装置などもきっと存在していたのだろう、と想像に及ぶ。

 

古代より水等の自然の恩恵を多分に受けて人々の暮らしが成り立っていることをまずはあらためて受容したい。ただし時として人類に牙を向き、命すら奪う自然の猛威に対してはなすがままされるがまま、ではなく、人類の英知をつぎ込んで向き合い続けるべきであろう。身の程を弁えずに無様な抗いを繰り返していては未来に遺すものは水の泡と化す。現代の産業において自然エネルギー以外の膨大なエネルギーが求められることは甘受せざるを得ないが、廃するまでの責任を先送りにした結果の「負の遺産」を未来に遺してはいけない。

 

夏を迎えた時、暑さと共に感じる「凛とする気配」は「平和であることへの祈念」が融和した空気が漂っているからこそだと思う。恒久的に平和であるということは、古きを学び、自然を受容することでもあるのだと、この暑さとともに感じている。

月見野遺跡案内板.jpg

鶴舞の里歴史資料館.jpg                                         ↑ 大和市鶴舞の里歴史資料館

月見野遺跡地図.jpg

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