「黒崎義介先生に思いを馳せる」(よし介工芸館・アートスペースわかくさ 妹尾貢)

4月から、よし介工芸館とアートスペースわかくさの施設長になりました。1998年から育成会に勤めていますので、ことしは22年目ということになりますが、よし介工芸館に所属するのはこれが初めてです。

 

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遅ればせながら、黒崎先生に関する書籍、「黒崎義介・絵と生涯 ~童画と共に60年~」(高野修著)を、読みました。

先生が学生時代から書いていた日記、雑誌に書いた文章や、登喜子夫人にあてた歌(「時子賛歌」)がたくさん残っているため、先生の人柄をいきいきと感じることができます。特に青春時代の挫折や、夫人への恋心、童画というものへの考え方や熱い想いなどを読むと、まるで先生が同時代を生きているような親しみを覚えます。

先生は写真の腕もプロ級で、上記のように文章もたくさん書かれており、表現に向かわれるバイタリティは大変なものです。

中でも、私が好きなのは、夫人と過ごした思い出を回想したり、感謝の気持ちをしたためた部分です。

 

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また、童画についての先生の考え方を綴った部分も印象的です。

以下、少し引用します。

 

「子供に見せ与えるものであり、子共の生活にとけこむべき絵画が童画である。従って、相手が幼児子供であることを配慮して、かわりやすく明るく描くということが条件である。しかし、この考え方が容易すぎて、絵画以前のものであっては、子供ははなはだ迷惑である。童画は絵画である以上、高い芸術性が要求されることはいうまでもないことである。だから正確な素描で描かれなければならない。この正確な素描の習練によってのデフォルメ、様式化は、一般絵画と同じに画家として大切なことである」

 

「どの親も、わが子は世の中で一番の宝物であり、しかも明るく、すこやかで素直に育ってほしいということを願っているであろう。もし、いつも日かげにしょんぼりとたたずんでいるような子供がいるとしたら、私は、その子供が私の描く童画の子供の姿に自分を置きかえ、絵本と遊んでいるうちに、いつしか私の描く子供の姿になって、日なたに出て明るく行動するようになると信じ、ぜひそうなってもらいたいと、たえずこのことを念頭において作画している」

 

先生の文章を読み、人が幸せを感じるのは他者のことを思いやる時だ、ということを改めて思い返しました。

 

黒崎先生の本と前後して、サン=テグジュペリ著「人間の土地」を久しぶりに読み返しました。ヨーロッパ・西アフリカ間の郵便飛行士だった著者が、サハラ砂漠に不時着・遭難した際、生死の境をさまよいながら、自分のことを捜索したり、故郷で心配している人たちのことを思って、自分がそれらの人を救いに行くのだ、と奮い立つ場面が印象的でした。

 

私たちの仕事は、人の幸福の実現をお手伝いすることです。

では、幸福とはなにか?

それは、「ある特定の条件に到達すること=結果」のように思われて、実は、人とのつながりを持つこと、そのつながりの中で、相手を思い、自分のできることを探し、それを相手に届けようとする、そのプロセスと心の在りよう(状態)の中にあるのかもしれない、そんなことを考えました。

 

先生の名前をいただいた事業所を、これから次の時代へと受け継ぎ、黒崎先生が残してくださった、他者を想う気持ちと行動の結果を、われわれが今、現代の社会に返せるよう、我々も行動していきたい、と気持ちを新たにしました。

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