日記

"おんま~!おんま~"

 一時保護所勤務は、出勤しないと子どもたちの様子が判らない。体調ではなく一時的な場だから入所も退所も突然がある。だから、常に子どもの構成や人数が変わりそれぞれの課題が違うので個人としても、集団としてもその都度変わる。

 前日に2歳の男児が保護された。突然の第2子出産だが夫は出張で不在。両親共地方出身で頼れる人はいない。今どきは考えられないだろうが、当時としても珍しくこれっきり。今日は、その子をどう寝かせるかが課題だと思っていたところに"今日韓国から帰国した2歳半の女児を一時保護"と聞いた。男児1人でもどうしようと考えていたのに、同年齢の女児、しかも韓国から帰国したばかり...?

 ぐずる男児。固まったまま動かない女児に話しかけるときょとんとしている。様子が変なので確かめると日本語は話せない...。そうか、言葉が判らないのか...。身振り手振りで話しかけると、見知らぬ人に関われて一層固くなりどんどん表情が曇った。見たこともない料理のようで夕食も手に取らない。発語は"おんま~!"だけ。ただ泣きじゃくる。夕暮れになるとさらに"おんま~!"を繰り返す。パジャマに着替えさせ、2人を並べて寝かせて読み聞かせ。絵があるから何となく分るようで女児も落ち着く。いつもしてもらっていた男児は安心してスヤスヤ。女児が寝入ったと思い離れようとすると泣き出す。泣きだすと男児も泣き出す。2人の泣き声の合唱で他の子どもも落ち着かず騒ぎ出す。

 仕方なく2人をおんぶとだっこで寝かす。しばらくすると寝入るが、布団に寝かせようとすると"おんま~!"。その声で起き出す男児。泣き止まない2人を前にほとほと参って、こっちが泣きたい気分になった時"子どもは泣くのが仕事だ!ほおっておけ!"の指示。職員宿直だった課長の言葉。"うそ!児相の課長がこんなこと言うのか..."と驚いたが、今なら、時にはあきらめることも大事だと伝えていたと判る。ほとほとまいった頃に男児は泣き疲れ寝入った。すると女児が寝間着1枚ですぅ~っと玄関を出た。追いかけると母親と一緒に来た道を歩き出す。"おんま~!"と叫びながら走る。何度か繰り返し、疲れきったのか、あきらめたように寝入った。母親は帰国早々に体調を崩し入院していた。

 相棒が韓国語のにわか勉強で焼肉屋さんから簡単な単語を教わってきた。それを見ながら話すが全く理解しない。韓国語も判らないのかと思ったが、発音が問題で女児には韓国語と認識できなかったと判った。それでも保護所暮らしに慣れた頃に動物園に行った報告を受けた。"ゾウさんだね!"の保育士の声に"○○○"と彼女。"そうだね、ゾウさんだね!"ともう一度。その時、彼女は笑顔で"ゾウ・さ・ん"となぞった。この時、おそらくこれまでと違う言葉だと気付いたのだろう。その後、次々と単語を覚え会話が出来るまでになった。言葉が判ると安定し笑顔が増えた。

 男児は親せきが遠方から到着し翌日退所。保護所暮らしが続いた女児も母親が退院しお迎えに来た。夜間指導員ゆえ母親と手をつなぐ女児を見なかったが、満面の笑みが十分思い浮かぶ。安堵した女児を想いフワフワと温かい気分になった。それにしても人生何が起きるか判らない...。そしてひたすら我慢した彼女の強さと賢さが焼き付いた。(2021.6)