日記

"あんたもネクチャイして仕事に行かないと!"

最初の職場、知的障害児入所施設には2人の就労直前の利用者がいた。18歳を過ぎたが、成人入所施設が満床で移れなかった。2人は全く性格も行動も好きなことも違っていた。ただ共通していたのは、実習先から辞めさせないで欲しと頼まれるほど評価が高かった。だが児童施設に居続けるわけにもいかずそれぞれ就労系入所施設へ転出した。

 働く先輩を見て育つと"僕もやってみたい..."と漠然と思うようで、2人の後は僕が行くと考えていた人がいた。2人より年齢が高く障害程度も重かった。数を数えられない障害者が働けると思えなかったが、あまり熱心に実習をせがむのでほだされて失敗しても良い...、失敗したら判るだろう程度に2人が働いていたつてを頼ってお願いした。数の概念より心配だったのは利き腕の麻痺、重いものは持てなかった。1人では難しかろうともう1人、意思疎通が十分な利用者と共に3カ月限定の実習が始まった。1週間つきっきりで付き添い、次第に離れて2人で仕事に出るまで1か月かかった。

 しばらくして様子見に職場を訪ねると、管理者から意外な話を伝えられた。意思疎通が出来る利用者は予定通り終了。もう1人は継続。どう考えても麻痺があり、意思疎通が難しく、数えられない利用者が終了...。役割は5個ずつ結束する仕上げ係。意思疎通が出来る利用者は、結束機を使っている職員のペースにあわず、おしゃべりが過ぎて仕事に身が入らない。黙って見て下さいと念を押されもう1人を見ると、職員のペースに合わせてリズミカルに渡せる。気になって数え方を見た。確認のために職員が数える様子もない。管理者がそばに寄ってきて"どうも手の幅で数えているようです"。何が何だか分からないでいると、段ボールは2種類だけなので厚みは2種類。だからその違いが手の幅で判る彼は、職員のペースに合わせて渡すことが出来た。にわかには信じられず、しばらく見て納得した。だが、手の麻痺は?段ボールをつかんで渡すと考えていたが、手の甲に乗せ一方の手で上から押さえていた。これを自分で編み出したと聞き驚いた。自信たっぷりに仕事する顔が輝いていた。社長さんの計らいでご褒美を給料袋で頂いた。給料をもらい自信がつくと、怒りっぽかったのに、怒ることも少なくなり毎日仕事に行った。

 給料後最初の休日に買い物のお供を頼まれ休日返上で付き合った。嬉しそうに外出着に着替え、ポケットに給料を突っ込んで外出。"ところで何を買うの?""ネクチャイ!""ネクタイ?""そう、ネクチャイ!"出勤時、ネクタイをしなくてはいけないそうだ。必要ないのでやめるよう勧めるが"大人はネクチャイして仕事にいく!"と真っ赤なネクタイを購入した。次はラーメン屋。座ると"ラーメン!"と言いながら指を2本たてる。こちらの意向を無視し、奢ると言ってきかない。2人分払った帰り道"あんたもネクチャイして仕事に行かないと!"と。何のことか分からなかったが、どうもいい年になったので仕事に行きなさいと諫めていたようだ。"......"その時の彼は自信に満ちた顔だった。このことからこちらが勝手に力量を決めてかかってはいけないと教わった。麻痺がなんだ!重度がどうした!俺は俺だ!と言われた気がした。障害を重くしているのは、周囲にいる人のブレーキかもしれない...。