日記

"ねぇ、ビデオ借りに行こうよ..."

初めての成人施設でリーダーを受け持った。ローテーション勤務ではなく、集団を束ねる役割は、利用者との接点が少なく関係性を創ることが難しい。しかし無視すると暮らしぶりが判りにくく、職員へ適切に話せなくなる。だが深く関わりすぎると職員がやりにくくなるので実に難しい。年上の職員だとさらにやりにくい。

そんな時に50歳手前の利用者が近寄ってきた。腕時計を見せて"いいだろう!"と自慢げに話す。職場実習時の収入で買ったらしい。たっぷりと時計を褒めた後、"ところで何時?"と聞くと"それを言っちゃ、おしめえよ~っ!"と立ち去った。近くの職員に訊くと時計が読めないことがわかった。確かに"それを言っちゃ、おしめえよ~っ!"だった。

夜勤者が急に休みになった夕方、誰が夜勤者になるかを繰り返し聞くので自分だと告げると"ビデオ...、ビデオ、借りに行こうよ""どこまで...""いつも行くんだよ、近くにあるよ!""いや、仕事中にいけないよ""いいじゃん、ちょっとだけだから...""何借りたいのさ...""だからさぁ~"言いにくそうだ。"ね、ね!だから...、エロいやつ...""いやぁ~、今日はダメだよ...""なんだよ...いいじゃん..."と舌打ちしながら立ち去った。

 親近感を覚えたようでいろいろ話すようになった。ある日、"俺、仕事してたんだよ!"と話し始めた。豚のお世話をしていたというから養豚場で働いたようだが、社長が怒って解雇されたと首の前で手のひらを横に引いた。理由を聞くと、豚が泳げるかどうかが仲間内で話題になったので、率先して川に追い込んだそうだ。"そう..."と、あとは言いにくそうだったが"トンシ!とん死しちゃったんだよ!"。だから社長が怒って"首だ!"と怒鳴られたそうだ。本人は"トン"が"豚"と掛け合わせてあることにはとんと気づいていなかった。ただ周囲の人の言葉をそのまま記憶していた。真顔である。だから、俺は職場実習には絶対いけないと付け加えた。職員が可能性のある彼に自信を持たせ、せめて就労系の施設での活躍を期待していたので予防線を張ったようだった。

 そこで施設近くの八百屋に相談し、1日2時間、段ボールの片付けを受けた。解雇経験からなかなか承諾しなかったが、2週間だけ試してみることにこぎつけた。2週間はあっという間で実習は大成功。継続依頼が来る頃には彼も自信を取り戻していた2時間が半日になり、仕事の幅も広がった。その頃、市の清掃業務で働く障害者を募集していたので応募し採用された。転勤ししばらくぶりに戻ると彼は退所していた。就労が定着し他の数人とグループホームに転居していた。

 施設敷地内の戸建ての建物に彼らが宿泊する時があった。ビールを数本持って仕事帰りに訪ねると歓待してくれた。夕食を済ませた直後だが、飲みながら仕事の話、職場内の人間関係、嫌だったことなど、話す様子は居酒屋で見る風景と変わらなかったそこで"どうだい...、施設に戻ってまた仲良くやろうよ!"。冗談のつもりだったが真顔で"ヤダ!やだ!絶対やだ!"。大合唱された。理由を訪ねると"わかんねぇ...、でも絶対やだ!"。大人の世界には、男の世界には、言うに言われぬ事情がある。"そこんとこ承知の上、お付き合い願いたい!"と彼らが言っていると思った。(2022.1)