日記

"ねえ、ここ高速道路じゃない?!"

初めての職場からの転勤がなかなか出来なかった。忘れられた...と不貞腐れた。だが、毎年の異動で新たな体制になった。幹部人事など気にならなかったが、直属の上司は気になった。異動した上司の後任はアルバイト時代の主任だった。熱血漢で大男。剣道の有段者で高校時代、稽古着で災害救助に行き、大学のBBS(注)活動でこの仕事に誘われた。 バイト当時"焼却炉"があだ名。子どもたちはよく考えるな・・・と感心した。好き嫌いなし、食べ残しなし、魚は猫マタギ。残さず食べる指導があった時代ゆえ実に説得力があった。

 保育士中心の女性だけが支援現場にいた時代から"同性介護"に変化する移行期で、男性職員が少し増えた頃のある日、上司から呼ばれた。"明日、6時出勤!""エッ!明日遅番です"。"だから!マラソンの練習です"。早番以外の男性職員は全員集合!朝6時に行くと男性職員が数人いた。担当の利用者を起床30分前に起こし連れていた。準備体操後ロードに出るとの号令に従い最後尾で走る。人込みを避けるように場所を移した。"えッ!ここ工事中?""大丈夫?"の声がしたが、先頭の熱血漢はお構いなし。施設に戻ると"今日は良いコースで走れた!"と。"建設中の高速道路じゃないですか?""そう・・・""大丈夫ですか?""まあね、見つかったら間違えました!って、帰れば良い"という。確信犯?!だが、舗装したての道路を走った選手たちは気持ちよさそうだった・・・。選手を寮に送り帰すと"朝飯!"と。病院の夜勤者が朝食に利用する院内食堂は外部も入れるが利用客は少ない。食事を選んで着席すると"朝食ミーティング"。練習方法、行事企画、施設運営等を意見交換。先輩も、後輩もなし。具体的な話から将来像に至るまで話し込んだ。もちろん若者の集まりゆえ恋愛談義にも花が咲く。熱血漢は勤務時間ギリギリに出勤。だが、話しが弾むと遅番たちはそのまま残った。それに付き合いそのまま勤務。すると朝6時から夜8時半まで勤務?きつい"通し勤務"だが、嫌とも、疲れたとも思わず多くの若手が集った。もちろん不参加職員もいたが、それで仲間はずれにはならなかった。

 熱血漢はいつも先頭を走った。ついてくるものだけを見ていた訳ではなく、確実に先頭を走っていた。そういつも走っていた。それは無理ですよ!と訴えたこともあったが、いつもやり遂げた。たとえば、創立記念にモニュメントを作ると言い出した。敷地内の広場は集合場所だったが、日差しが強く藤棚を作る・・・と。素人では出来ないと思い断念するように進言したが、材料を買い込み作業開始。職人姿の熱血漢は、既に様々に学び、水平器なども持ち出し職人の動き。それを若手が手伝う。柱が立ち上がるとコンクリートが固まる前に一番上にサインしようと号令!梯子に登りおぼつかない足元で自分の名前を刻んだ。

これが正しいとは思えなかった。そこまでしなければいけないとも思えなかった。万人がやれなければ次世代に伝わらないとも思った。しかし、仕事と言うよりは、自らに与えられた役割にどこまでも向き合う姿を背中に学んだ。若い頃だからできた。今は無理。また、社会が許さない。だが、何かを求める時、これほどの集中力が必要なんだと叩き込まれた。人は給料のためだけに仕事をするのではなく、この仕事を必要とする人たちが待っているからする!といつも熱血漢の背中が言っていた。

(注)BBS:Big Brothers and Sisters Movement

少年少女たちに、同世代の、いわば兄や姉のような存在として、一緒に悩み、一緒に学び、一緒に楽しむボランティア活動。その名は、今から訳100年前にアメリカで始まった、Big Brothers and Sisters Movementにちなんで名づけられました。(日本BBS連盟)