日記

「体験するという事」

 新年あけましておめでとうございます。本年も皆様方にとりまして良き年になりますよう心よりお祈りいたします

 さて、「その歳にならないとわからないことがある」あるいは「その人の立場にならないとわからない」ということが言われることがあります。

これは当事者と第三者の関係をあらわしたものに思います。

 確かに、歳を取ってみないと体の衰えはなかなか感じることができません。老眼で見え難くなったり、耳が聴こえ難くなったりします。また、足腰も弱くなるので若い時には何でもなかった段差や障害物に躓いたりします。「年寄りの冷や水」「老いの繰り言」など自分が高齢者の仲間入りをしてみると思い当たることばかりです。若い時には想像できませんでした。

 「その人の立場になってみる」試みの一つに体験会と言うものがあります。体験することによって第三者から当事者へと入れ替わることができます。目の不自由な人の気持ちがわかるように、目隠しをして白杖を使って歩いてみたり、足が不自由な人の生活のしづらさを体験するために車椅子に乗ってみたりすることがそうでしょう。

 それでは我々が日頃支援している知的障がい者の方の生活する上での不自由さを体験するには?支援される側の気持ちは?そんな試みをしたのが、前月の理事長日記の最後に触れた、「藤沢ふれあいフェスタ2025」のイベントでした。どこまで成功したかは立証するすべが今はありませんが、試みとしては素晴らしいものだったと思います。

 しかし、ここまで書いて来て、マイナスの面ばかり強調してきたことに気が付きました。高齢者にも「老いの楽しみ」を説く人がいるように、当事者にとってはマイナス面ばか

りではないはずです。不自由と見えるのは第三者からの目で、当事者にとってはこんな素晴らしい世界もあるのだ、と言いたい所が多くあると思います。

当事者にとってプラスの面にたくさん光が当てられる、そんな年に今年はしたいと思います。

以上

(2026.1.1 理事長 倉重達也)