日記

よし介工芸館の施設長・課長日記

「いただきます」(よし介工芸館・アートスペースわかくさ 施設長 妹尾 貢)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

例年、お祭りやバザーで利用者さんが作った製品を販売する機会がたくさんありましたが、昨年からは、イベント関係がめっきり減ってしまいました。

 そんな中、亀井野にあるJAさがみの農産物直売所「わいわい市 藤沢店」での販売が好調です。われわれは農産物ではなく、機織りのバッグや一筆箋、ポストカードやビーズアクセサリーなどを販売しています。

 地域の皆さんも、外出自粛の影響か、近所を散歩して地元を見直すきっかけになったり、家庭菜園を始める人が増え、花や野菜の苗を求めてわいわい市にいらっしゃるのでしょうか。

写真わいわい.jpg

はるのおがわ(アートスペースわかくさ よし介工芸館 施設長 妹尾 貢)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

今年は、3月のおわりから4月の上旬にかけて、さくらの花が満開をむかえました。

退勤時間の薄暮の中で、少し肌寒い風に吹かれながら(バイクなので)輪郭がぼやけていく満開のさくらをみるのは、至福のひと時です。

昨年同様、今年もお花見の宴会はできませんが、地上の大騒ぎがない分、さくらの美しさが際立っているように思います。

自分がやってみたいことの一つに、「水上からのお花見」があります。

小さなボートをレンタルして、陸の喧騒を離れ、水面を下流に流されながらのんびりとさくらを眺める、そんなことをしてみたいのです。

実際にはきっと自分の操船技術では、のんびりお花見なんてことは難しく、護岸や川底の水深なんかを気にしながらブイを避けて、なんて風に忙しくて、花見どころじゃないんだろうけど、同船者には楽しい時間をすごしてもらえるんじゃないか、そんな妄想をしています。

人を乗せる前に、まずは個人練習が必要ですね。

余談ですが、サーフィンで波待ちをしながら、粉雪が降ってくるのを見上げるのも、なかなかおつなもんです(寒いけど...)。

写真は、2年前の今の時期、横浜の大岡川の様子です。

『凛』(よし介工芸館・アートスペースわかくさ 儀保治男)

よし介工芸館

この時期は、日の出が遅く、朝の空気がとても冷たい。しかし私は、そんな朝の空気感がとても好きです。

ある休日の朝、4時ごろから車に乗って、河口湖を目指しました。コロナの影響でなかなか外出ができないのですが、朝早くならあまり人との接触も少なく、大自然を満喫できると思いながら出かけました。

富士山が良く見える絶景スポットに到着し、日の出を待ちました。徐々に東の空が明るくなり、太陽の光がゆっくりと富士山を照らしていきます。手前には、コキアが赤く色づき、富士山とのコラボは、とても素敵でした。

日の出.JPG

コキアと富士.JPG

沖縄出身の私にとって、このような絶景を見ることができたのは、ものすごく感動し、改めて凛とさせられるパワーを感じました。

2020年は、コロナの影響で制約の多い1年でしたが、新しい経験もできた1年でした。2021年、改めて自分自身を凛とさせながら様々なことに向き合っていきたいと思います。

生きることの輝き(よし介工芸館・アートスペースわかくさ 施設長 妹尾 貢)

よし介工芸館

感染症の防止のために、我々の仕事も生活も否応なしに変化を求められ、人が集まることがしにくくなり、活動にも新たな制限が生まれるようになって、改めて「自分の好きなこと」を考えてみた。

バイクにのる、釣りに行く、音楽を聴く、海にいく、虫を捕る、生き物を飼う、泳ぐ、本を読む。休みの日にすることと言ったら、一人遊びのたぐいが多い。

それは「新しい生活様式」になる前から、もっと言えば子どもの頃からそうだので、今回のことで工夫は必要になったが、ストレス発散はできている。

上記の活動の共通点について考えると、どれもみな「生きていることの輝きに触れる」という要素があることに気が付いた。なんだか矛盾している気もするが、そうなのだ。

人間に限らず、広い意味での「他者」の生き生きと活動する様子や、それらが凝縮されて結晶となったものを、いろいろな感覚を通して感じていたい。そういったことを求めて、自分は活動している、ということを改めて認識した。

これは、人類共通の欲求なのだろうか。

人類は図太い生物なので、前人未到の地のどこまでも分け入って、適応してきた。北極圏や南極圏に住む人もいるかと思えば、湖の浮島の上に住居を構えて住む人たちもいる。

古い友人が、インドの北部のラダック地方に住んでいる。日本から移住して観光ガイド・民宿を営むようになって20年が経つ。ヒマラヤ山脈に近いその地域は、標高3000メートルを超え、12月から4月の冬季は毎年、自然の力にロックダウンされるそうだ。一番ちかい都市につながる唯一の道が、雪で閉ざされるからだ。そのような厳しい土地で、人々が生き生きと生活している様子が、友人のホームページから伝わってくる。

人類は、今回も困難を乗り越えて、適応するだろうと思う。どう乗り越えるか、それが問題だ。健康・人命と経済とを天秤にかけるようなことはしたくないが、ウィルスが引き起こす感染症だけでなく、経済が健康・人命にかかわっている部分もあるので、単純な話ではない。経済活動とは、人と人が助け合っていることの一つのあらわれでもある。

ラダック地方では、標高が高すぎて冬は作物がとれないため貨幣経済による物々交換が必要になるが、もっと標高の低い地域では、お金が無くても、自給自足に近い生活で食べる分には困らないという。

 現状に適応した、生活・経済のありかたをいかに生み出すか、我々の活動がそこに、どう関われるのか、そんなことを考えている。

食文化(よし介工芸館・アートスペースわかくさ:儀保治男)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

残暑厳しい今日この頃と、新型コロナウィルス感染拡大防止のために色々とご尽力されて、本当に、「例年とは違う夏」を経験されていると思います。

暑い夏は、食欲が落ちてしまい夏バテをしてしまう方が多くなってきますが、私は南国生れということもあって、これまで夏バテの経験がありません。(数年前にも同じことを言っていたような・・・)毎日3食しっかりと食べて、元気に過ごしています。

夏になると食べたくなるのが、ゴーヤーチャンプルー、またはナーベーラーチャンプルーです。ゴーヤーはここ神奈川でも気軽に手に入りすぐに調理できるようになりました。またお店でも普通にメニューに入っています。しかし、ナーベーラーはなかなか売っていません。

ナーベーラーは、へちまのことです。沖縄の方言でナーベーラーと言います。ビタミンやミネラル(葉酸・ヘチマサポニンなど)を豊富に含む美容にも良い夏野菜で、なめらかな食感とまろやかな甘みが食欲をそそり、夏バテ時にも好んで食されています。

そんなナーベーラーは、味噌煮にして食べるととても美味しいです。(ナーベーラーウブシー)あと、みそ汁にしても上手いです。へちまを食べる沖縄の食文化。もしスーパーでへちまを見つけたら一度タワシにする前の青いうちに食してみるのもお勧めです。

 沖縄の食文化でもう一つ!沖縄そばの文化です。神奈川ではラーメンを好んで召し上がる方が多いと思いますが、沖縄ではラーメンよりも沖縄そばです。バリエーションも豊富で、普通の沖縄そばに始まり、ソーキそば、三枚肉そば、中味そば、ゆし豆腐そば、八重山そば、宮古そばetc

茅ヶ崎でも宮古そばが食べられるお店をみつけて、さっそく食べて来ました。

やっぱり沖縄そばは、美味しかったです。暑い夏を乗り越えるための自分へのご褒美!また行きたいと思っています。と!心の中で思っていたら、我が家でも沖縄そばが登場しました。

写真③ 自宅の沖縄そば.jpg

中に入れている具材のお肉は、自家製のスーチカーです。(豚肉の塩漬け)

絶妙な塩加減のスーチカーが入った沖縄そば!とても美味しく頂きました。ネットでもスーチカーのレシピがありますので、皆さん一度挑戦してみてはどうでしょうか?

これからも沖縄の食文化を、神奈川で楽しんでいきます。

黒崎義介先生の命日(よし介工芸館/アートスペースわかくさ 施設長 妹尾 貢)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

梅雨が明けて、気持ちよく晴れた朝にバイクで快調に走っているとき、ふと思った。

「俺って最高!」

いやしかし、このバイクを作ったのは私ではない。

YAMAHAのバイク最高!」

でも、この道路を作ったのは?

交通ルールを作ったのは?

ルールを守って安全運転しているのは?

そもそも僕がここに存在するのはどうやって?

こうやって考えていくと、今まで生きてきたすべての人のおかげで、今、自分の日常があることが、リアルに感じられた。

一人の人間の一生という、限られた身体、限られた時間で達成できることは、ほんの少しだろう。

先人のうまくいったことは、他の人に伝えられ、活用されて、さらに深みを増す。

忘れていけないのは、失敗もまた、人類の経験となって他の人達の役に立っている、ということだ。

それらの蓄積を共有して、その上にさらなる工夫をして生きていくのが、人間という生き物の特徴だ。

そう考えると、すべての人への感謝の気持ちで心が満たされる。

人とは非常に個別性の高い生き物であるが、一方で、ひとりではとても無力な生き物である。

だから、自分の在り方と社会とのはざまで苦しむこともあるのだろう。

自然な形で、社会と一体感をもって、生きていけたら、幸福なことだろう。

藤沢育成会も、いままでたくさんの利用者、ご家族、職員、ボランティアさん、業者さん、そのほか、関係者や、直接は関係のなかった市民まで含めて、様々な人の協力で支えられてきた。

なかでも、法人格取得以前の「星の村作業所」の時代から、多大なるご協力をいただいた、黒崎義介先生と時子夫人には、ことさらに感謝の意を表したいと思う。

昭和59812日が、先生の命日である。

よし介工芸館の前には、藤沢在住の彫刻家、桒山賀行さん作「義介の像」があり、毎日挨拶できるが、命日にはお墓参りに行きたいと思う。