日記

よし介工芸館の施設長・課長日記

「トライ&エラー」 ( よし介工芸館・アートスペースわかくさ / 課長・儀保 治男 )

よし介工芸館

ある日の朝、朝食を摂りながらラジオに耳を傾けていると、ラジオ・パーソナリティーの方が、「人生は、トライ&エラーの繰り返しである」という話をされていました。「生きていると、上手くいくこともあれば、上手くいかないこともある。そのような出来事が起きたとき、上手くいったときは喜び、上手くいかなかった時にはそれをどう乗り越えるか考えていく・・・」

私は箸を動かしながら「本当に、"人生は、トライ&エラーの繰り返し"」と首を上下に動かしながら10代の頃から40代の出来事をいろいろと考えていました。楽しかったことや、辛かったこと。大変な出来事。嬉しかった出来事etc。(短時間でしたが人の脳というのは本当に精巧なもので素晴らしいものだと感じました)

若い頃は、勢いに任せて、いろいろなことに対してチャレンジをしてきました。上手くいったときはそのままの勢いでいけますが、上手くいかなかった時には、「なぜ、自分だけ上手くいかないのだろう・・・」と後ろ向きになることもありました。そんな自分のことを考えていると、そのパーソナリティーの方はさらにこうも言っていました。「生きているだけで丸儲けです」と。

私も本当にそうだと思います。良いことについては、素直に受入れ、悪いことについては、どう乗り越えるか考えていく。実際、これまでも、多くの出来事に対して対応出来てきた自分がいます。これからも"トライ&エラー"を繰り返しながら、常に前進していきたいと改めて思った朝のひと時でした。

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家の近くを散歩していると、カモの親子に遭遇!鳥は苦手ですが、写真を撮り幸せな気持ちになりました。

「ナビゲーターVS野生の勘」(よし介工芸館・アートスペースわかくさ/施設長 伏見康一)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

お盆を過ぎ猛暑もようやく峠を越えてきた。今年から山歩きを始めたが猛暑の時期はさすがに断念。その代わりにドライブに行った。ただ山道運転は苦手なのでドライブの行先は海。自然に帰る喜びを体で感じている。いよいよ山や海、自然から受けるエネルギーにはずっと縋っていこうと思う。

車の運転、今はアプリが最新経路で行先案内してくれる。ついつい重宝してしまい、行き進むと凄く狭い道になったり、信号なし交差点を右折、などと案内され戸惑うこともあり、気持ちの余裕と事前の備えの必要性は常々痛感している。

ナビゲーションは参考程度、自分の感覚と野生の勘を鈍麻させないようと意識していきたい。

 先日、自宅からわかくさまでの道のりを検索してみたら東名高速利用を案内された。これもまた時代の流れなのだと感じた。

(写真)先日ドライブで行った三浦半島の「剣崎灯台」

「命どぅ宝」(ぬちどぅたから) ( よし介工芸館・アートスペースわかくさ / 課長 儀保 治男 )

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

最近、ネットやテレビで「沖縄」の話を数多く目にしたり、耳にしたりします。2022515日は、沖縄が本土復帰をしてから50年という節目を迎えるからです。

沖縄生れの私は、戦争を知らない世代で、復帰の2年前に生まれました。本土復帰してからの私が記憶に残っている事柄は、いろいろとあります。

① 1975年(昭和50年)沖縄国際海洋博覧会:海の上に浮かぶ「アクアポリス」がとても印象的で、良く家族で出かけて様々なパビリオンに行き、ワクワクしていたことを今でも覚えています。

② 1978年(昭和53年)730(ナナサンマル):この年の7月までは、沖縄の車は、右側通行でした。しかし、日本も加盟する「道路交通に関する国際条約」の「一国一交通方法」に伴い、自動車の通行方法の変更が行われました。当時、小学生だった私は、学校に「車は左、人は右 730(ナナサンマル)」というキャッチフレーズのポスターが校内や町中に貼られていたことを思い出します。

③ 1992年(平成4年)首里城正殿復元、首里城公園開園:沖縄に住んでいた頃、なかなか足を運びませんでしたが、10年程経ってから1度訪れた記憶があります。この首里城正殿復元で翌年(1993年)にNHK大河ドラマ「琉球の風」が放映されました。私は、首里城ではなく、沖縄の中部にある読谷村に出来たオープンセットにたまたま仕事で招待を受け、出演者の方と一緒に敷地内を歩き、近くに芸能人の東山紀之さんが居て、少しだけ話しかけられ、とても緊張をした思い出があります。

2000年(平成12年)九州・沖縄サミット開催:この時に、「2千円札」の発行がありました。時々沖縄に帰ると買い物の際、お釣りで2千円札を頂くこともありました。

2002年(平成14年)沖縄美ら海水族館開園:沖縄国際海洋博覧会跡地の海洋博公園にオープンした水族館。何度も足を運び、巨大な水槽に佇むジンベイザメはとても圧巻でした。

⑥2003年(平成15年)沖縄都市モノレール開通:通称「ゆいレール」。鉄道の無い沖縄にこの年、モノレールが開通しました。当時、那覇空港までのアクセスは、車しかなかったので、とても便利になりました。

その他、小さな県ですが、本当にいろいろなことがありました。

小さな島国の「沖縄」。戦争による苦しい体験もありますが、県民の皆さんは常に前を向き、「沖縄」を盛り上げて来ました。辛い過去を背負いながらも「生きる」ために沖縄の発展のために苦労をしてきた先代の方々に敬意を表し、自分が出来ることは何かを考えています。

私は、戦争を体験していませんが、小学生の頃から学校の授業で「平和学習」があり、当時の写真や映像を視て「平和」について学び、時には「ガマ」といわれる自然の防空壕に見学に行き、戦争を体験した方々からの話を聞く機会もありました。そういう間接的な関りからも、やはりどんな理由があっても「戦争」はいけないと思いました。

終戦から77年が経ちます。

ある人が言ってました。「戦争で得るものは、勝っても負けても大切な人(命)が亡くなったという悲しみしか残らない・・・」と。

タイトルにある「命どぅ宝」(ぬちどぅたから)は、「人の命は何ものにも代えられない大切なものである。」という意味のウチナーグチ(沖縄の方言)です。

大切なものは何か。大切なものは「命」である。その「命」は、失うと二度と戻ってこない。今を生きる私は、沖縄の復帰50年の節目で、改めて「命」の尊さについて考えていきたいと思います。

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我が家の愛猫の「ワガ」(左)と「コデ」(右)です。

「心身を大切にする」(よし介工芸館・アートスペースわかくさ  / 施設長 伏見康一)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

今年度からよし介工芸館とアートスペースわかくさに着任することとなりました。久しぶりに戻って参りました。あらためてよろしくお願い致します。

最近は、年度の変わり目でも配属の変わり目でも、やることの中に常にコロナ対策があります。この3年、目先の取り組みに専念せざるを得ない事もある一方でずっと先を見据えるフォーカスの合わせ方を自問してきました。同時に時の流れを感じる事もできました。コロナ前、そしてもっと前。時の移ろいやうねりとともに、時は経っても変わらないものを見つめ直すこともできました。

今年度の私的なテーマは「心身を大切にする」。年を重ねいよいよ生活習慣を自制しなくていけなくなりました。せめて楽しく健康維持に取り組もうと思い、山歩きにチャレンジしようと思っています。ただ形から入るタチなので道具ばかりが揃ってしまいますが。

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写真:近くの公園で練習中です

自分なりの「丁寧道」 ( よし介工芸館 ・ アートスペースわかくさ / 施設長 妹尾 貢 )

よし介工芸館

「かつてない困難からは、かつてない革新が生まれ、

かつてない革新からは、かつてない飛躍が生まれるのです。」

Fujisawaサスティナブル・スマートタウン(Fujisawa SST)」として市内で街づくりを進める、パナソニック株式会社(旧松下電器)創業者、松下幸之助さんの有名な言葉です。

われわれも今、かつてない困難に立ち向かっている真っ最中ですが、この経験が今後にいきるよう、現在の課題にひとつひとつ丁寧に取り組んでいきたいと思います。

丁寧といえば先日テレビで、かつお節づくり職人・瀬﨑祐介氏と書道家・武田双雲氏の対談番組を見ました。武田氏もアトリエが市内にあり、藤沢にゆかりの深いかたです。

その中で武田氏が、さまざまなことに感謝の気持ちを感じて生きるうち、それが高じて「丁寧道」を提唱するに至った、というようなことを話しているのを聞き、感銘を受けました。

武田氏の「丁寧道」の内容はまだよく知らないので、自分なりの解釈であり、氏の著書の内容とずれているかもしれませんが「日常のひとつ一つすべてのことを、当たり前と思わず、大切に丁寧に、感謝の気持ちを忘れずに接し、扱うこと」で日常が豊かになるということだと理解しました。

時代とともに、いろいろな場面で、スピード感と効率化が進んで、自分が置いてきぼりになりそうですが、そうやって効率化した先に何があるのか?それで人生や生活が雑になっては意味がない。効率化されて生み出された時間で、日常をもっと丁寧に生きるのであれば、毎日の景色はもっと色彩豊かに感じられるのかもしれません。

この困難を乗り越えた先を想像しながら、ひとつ一つ丁寧にやっていきたい、そう思いました。

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「誕生日」   ( よし介工芸館・アートスペースわかくさ / 施設長 妹尾 貢 )

よし介工芸館

10月は、誕生日でした。私は丑年なので、今年は年男です。年齢がわかってしまいますね。

誕生日は何がめでたいといって、この世に生を享けたことのありがたさを思い出させてくれることだと思います。誕生日プレゼント、などという習慣がありますが、命以上のプレゼントなど、あるでしょうか?

生まれたのは東京の新宿区だそうですが、さすがに憶えていません。

幼少期は中野区、小中高と練馬区で暮らしました。その後、1年だけ埼玉県所沢市にいましたが、湘南あおぞらが出来た1998年に藤沢育成会に就職し、その時に藤沢に引っ越してきて、今年で23年になります。

藤沢でのくらしが、人生の半分を超えるのも、もうすぐです。ここ数年は帰っていませんが、いまでも両親が暮らす練馬にかえると、毎年いろんなことが変わってしまい、よくわからなくなってきていて、もう、藤沢が自分の心の故郷(ホームタウン)といってもだれにも怒られないでしょう。

大人になってからのほうが世界が広がるので、東京に住んでいたころよりも、色々な人に出会い、その人たちからたくさんのことを学びました。

ほとんどが仕事の関係で知り合いましたが、なかには、趣味の世界で出会った人もいます。

釣った魚を持っていくと料理してお客さんに出してくれるお店のマスターがいました。マスターは漁師と店主の二足のわらじで、海のことをよく知っていて、釣りから帰ってくると、必ずマスターのところに寄って、いろんな話をしました。

いまはもう、あちらの世界に行ってしまったので、会うことも、話すこともかないませんが、まだ聞きたいこと、話したいことがたくさんあり、今度会った時には聞いてみようと、ついつい考えては、「そうだった、もう会えないのだった」と思い出します。

それ以外にも、この藤沢や海で出会った大切な人々がたくさんいて、いまはほとんど会う機会がない人もいますが、誕生日にそんな人たちのことを思い出し、暖かい気持ちになりました。

人を動かす原動力は、だれかのことを思うところから始まるのだな、とあらためて感じた誕生日でした。

↓いまは、自分で捌いて食べるしかないので、たくさん釣らないようにしています。

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