日記

アートスペースわかくさの施設長・課長日記

「ナビゲーターVS野生の勘」(よし介工芸館・アートスペースわかくさ/施設長 伏見康一)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

お盆を過ぎ猛暑もようやく峠を越えてきた。今年から山歩きを始めたが猛暑の時期はさすがに断念。その代わりにドライブに行った。ただ山道運転は苦手なのでドライブの行先は海。自然に帰る喜びを体で感じている。いよいよ山や海、自然から受けるエネルギーにはずっと縋っていこうと思う。

車の運転、今はアプリが最新経路で行先案内してくれる。ついつい重宝してしまい、行き進むと凄く狭い道になったり、信号なし交差点を右折、などと案内され戸惑うこともあり、気持ちの余裕と事前の備えの必要性は常々痛感している。

ナビゲーションは参考程度、自分の感覚と野生の勘を鈍麻させないようと意識していきたい。

 先日、自宅からわかくさまでの道のりを検索してみたら東名高速利用を案内された。これもまた時代の流れなのだと感じた。

(写真)先日ドライブで行った三浦半島の「剣崎灯台」

「命どぅ宝」(ぬちどぅたから) ( よし介工芸館・アートスペースわかくさ / 課長 儀保 治男 )

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

最近、ネットやテレビで「沖縄」の話を数多く目にしたり、耳にしたりします。2022515日は、沖縄が本土復帰をしてから50年という節目を迎えるからです。

沖縄生れの私は、戦争を知らない世代で、復帰の2年前に生まれました。本土復帰してからの私が記憶に残っている事柄は、いろいろとあります。

① 1975年(昭和50年)沖縄国際海洋博覧会:海の上に浮かぶ「アクアポリス」がとても印象的で、良く家族で出かけて様々なパビリオンに行き、ワクワクしていたことを今でも覚えています。

② 1978年(昭和53年)730(ナナサンマル):この年の7月までは、沖縄の車は、右側通行でした。しかし、日本も加盟する「道路交通に関する国際条約」の「一国一交通方法」に伴い、自動車の通行方法の変更が行われました。当時、小学生だった私は、学校に「車は左、人は右 730(ナナサンマル)」というキャッチフレーズのポスターが校内や町中に貼られていたことを思い出します。

③ 1992年(平成4年)首里城正殿復元、首里城公園開園:沖縄に住んでいた頃、なかなか足を運びませんでしたが、10年程経ってから1度訪れた記憶があります。この首里城正殿復元で翌年(1993年)にNHK大河ドラマ「琉球の風」が放映されました。私は、首里城ではなく、沖縄の中部にある読谷村に出来たオープンセットにたまたま仕事で招待を受け、出演者の方と一緒に敷地内を歩き、近くに芸能人の東山紀之さんが居て、少しだけ話しかけられ、とても緊張をした思い出があります。

2000年(平成12年)九州・沖縄サミット開催:この時に、「2千円札」の発行がありました。時々沖縄に帰ると買い物の際、お釣りで2千円札を頂くこともありました。

2002年(平成14年)沖縄美ら海水族館開園:沖縄国際海洋博覧会跡地の海洋博公園にオープンした水族館。何度も足を運び、巨大な水槽に佇むジンベイザメはとても圧巻でした。

⑥2003年(平成15年)沖縄都市モノレール開通:通称「ゆいレール」。鉄道の無い沖縄にこの年、モノレールが開通しました。当時、那覇空港までのアクセスは、車しかなかったので、とても便利になりました。

その他、小さな県ですが、本当にいろいろなことがありました。

小さな島国の「沖縄」。戦争による苦しい体験もありますが、県民の皆さんは常に前を向き、「沖縄」を盛り上げて来ました。辛い過去を背負いながらも「生きる」ために沖縄の発展のために苦労をしてきた先代の方々に敬意を表し、自分が出来ることは何かを考えています。

私は、戦争を体験していませんが、小学生の頃から学校の授業で「平和学習」があり、当時の写真や映像を視て「平和」について学び、時には「ガマ」といわれる自然の防空壕に見学に行き、戦争を体験した方々からの話を聞く機会もありました。そういう間接的な関りからも、やはりどんな理由があっても「戦争」はいけないと思いました。

終戦から77年が経ちます。

ある人が言ってました。「戦争で得るものは、勝っても負けても大切な人(命)が亡くなったという悲しみしか残らない・・・」と。

タイトルにある「命どぅ宝」(ぬちどぅたから)は、「人の命は何ものにも代えられない大切なものである。」という意味のウチナーグチ(沖縄の方言)です。

大切なものは何か。大切なものは「命」である。その「命」は、失うと二度と戻ってこない。今を生きる私は、沖縄の復帰50年の節目で、改めて「命」の尊さについて考えていきたいと思います。

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我が家の愛猫の「ワガ」(左)と「コデ」(右)です。

「心身を大切にする」(よし介工芸館・アートスペースわかくさ  / 施設長 伏見康一)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

今年度からよし介工芸館とアートスペースわかくさに着任することとなりました。久しぶりに戻って参りました。あらためてよろしくお願い致します。

最近は、年度の変わり目でも配属の変わり目でも、やることの中に常にコロナ対策があります。この3年、目先の取り組みに専念せざるを得ない事もある一方でずっと先を見据えるフォーカスの合わせ方を自問してきました。同時に時の流れを感じる事もできました。コロナ前、そしてもっと前。時の移ろいやうねりとともに、時は経っても変わらないものを見つめ直すこともできました。

今年度の私的なテーマは「心身を大切にする」。年を重ねいよいよ生活習慣を自制しなくていけなくなりました。せめて楽しく健康維持に取り組もうと思い、山歩きにチャレンジしようと思っています。ただ形から入るタチなので道具ばかりが揃ってしまいますが。

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写真:近くの公園で練習中です

「元氣一番」 ( よし介工芸館・アートスペースわかくさ / 課長 儀保 治男 )

アートスペースわかくさ

みなさんは、「げんき」という漢字を書くとき、「元気」と書きますか?

 私は、「元氣」という書き方が好きです。以前の職場で、スクリーン印刷の作業を行っていたころ、「元氣一番」とTシャツの背中に印刷をしてほしいと依頼を受けたことがありました。依頼者に「元気の『き』はこの漢字でいいのですか?」と聞くと、「はい。それで良いんです。この『氣』は、中に米が書かれていて力が八方に広がる意味を表しているのです。一方、中に〆と書かれている『気』は、力が抑え込まれている感じがするのでこの『氣』でいいのです。」という話を聞き、それ以来、私の大事にしている言葉に「元氣一番」という言葉を追加しました。

みなさんの元氣の源は何でしょうか?普段の生活の中や自身の心の中に様々な「支え」があるかと思います。その「支え」が元氣の源となり、自分自身、また周囲を元氣にしてくれます。

心と体を整えてくれることば、『元氣一番』!!

「いただきます」(よし介工芸館・アートスペースわかくさ 施設長 妹尾 貢)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

例年、お祭りやバザーで利用者さんが作った製品を販売する機会がたくさんありましたが、昨年からは、イベント関係がめっきり減ってしまいました。

 そんな中、亀井野にあるJAさがみの農産物直売所「わいわい市 藤沢店」での販売が好調です。われわれは農産物ではなく、機織りのバッグや一筆箋、ポストカードやビーズアクセサリーなどを販売しています。

 地域の皆さんも、外出自粛の影響か、近所を散歩して地元を見直すきっかけになったり、家庭菜園を始める人が増え、花や野菜の苗を求めてわいわい市にいらっしゃるのでしょうか。

写真わいわい.jpg

はるのおがわ(アートスペースわかくさ よし介工芸館 施設長 妹尾 貢)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

今年は、3月のおわりから4月の上旬にかけて、さくらの花が満開をむかえました。

退勤時間の薄暮の中で、少し肌寒い風に吹かれながら(バイクなので)輪郭がぼやけていく満開のさくらをみるのは、至福のひと時です。

昨年同様、今年もお花見の宴会はできませんが、地上の大騒ぎがない分、さくらの美しさが際立っているように思います。

自分がやってみたいことの一つに、「水上からのお花見」があります。

小さなボートをレンタルして、陸の喧騒を離れ、水面を下流に流されながらのんびりとさくらを眺める、そんなことをしてみたいのです。

実際にはきっと自分の操船技術では、のんびりお花見なんてことは難しく、護岸や川底の水深なんかを気にしながらブイを避けて、なんて風に忙しくて、花見どころじゃないんだろうけど、同船者には楽しい時間をすごしてもらえるんじゃないか、そんな妄想をしています。

人を乗せる前に、まずは個人練習が必要ですね。

余談ですが、サーフィンで波待ちをしながら、粉雪が降ってくるのを見上げるのも、なかなかおつなもんです(寒いけど...)。

写真は、2年前の今の時期、横浜の大岡川の様子です。