日記

よし介工芸館の施設長・課長日記

~季節を感じるということ~(よし介工芸館・アートスペースわかくさ 課長 石田 友基)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

先日、よし介工芸館で節分イベントを行いました(スタッフ日記参照)

鬼に扮した職員に向かって「鬼は外!」と元気に豆(らしきもの)を投げる声、笑い声など、とても盛り上がる時間となりました。

そして次は、ひな祭りイベントを予定しています。

忙しい日々の中にいると、つい「今が何月何日で、どんな季節なのか」を忘れてしまいがちですが、行事を通して、「今は春に向かっているんだな」と感じられる時間は、少し心にゆとりを与えてくれるような気がしています。

季節を通したイベントを続けることで、「去年もやったね」「次は何するの?」とそんな会話が利用者さんから生まれてくると、季節を楽しみながら、暮らしのリズムを感じることができるような時間を提供できると感じました。

また、大きな取り組みではなくても、季節の移ろいを感じられる時間を大切にすることも、我々の支援の一つだと考えられます。

次回のひな祭りも、笑顔あふれる時間になるよう準備を進めていきたいと思います。

声をかける前の"あいだ" (相談支援プラザ・よし介工芸館・アートスペースわかくさ 施設長 小野田智司)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ
相談支援プラザ

声をかけようか、

それとも、そっとしておこうか。

ほんの一瞬のことですが、

その"あいだ"には、

いろいろな気持ちが行き来しています。

相手の様子を気にしたり、

自分の今の状態を考えたり。

その数秒の"あいだ"に、

迷いやためらい、そして勇気が

詰まっているように思います。

施設の中でも、街の中でも、

ふと気になる方を見かけたときに、

少し立ち止まり、

目で追うことがあります。

「今、声をかけていいのだろうか」

「もう少し、そっとしておいたほうがいいのだろうか」

その迷いは、

決して消極的だから生まれるものではなく、

相手を大切に想うからこそ

生まれるものなのだと感じています。

障がい福祉サービスの場では、

「支援する人」「支援を受ける人」と

分けて語られることが多くあります。

けれど、実際の関わりの中では、

その境界がはっきりしない場面のほうが

多いようにも思います。

声をかけるか、かけないか。

手助けするか、見守るか。

そのどちらでもない時間の中で、

関係は少しずつ

形づくられていくのかもしれません。

昨秋(2025年秋)に藤沢育成会が取り組んだ

「まちのいんくるひろば」も、

そんな時間を大切にできる場だったように思います。

話す人もいれば、

話を聴く人もいる。

立ち止まる人も、

ただ通りすぎる人もいる。

支援する/されるという役割ではなく、

同じ時間と空間を共有すること。

そのこと自体に、

確かな手応えがあったように感じています。

声をかける前の、ほんの一瞬。

その迷いを大切にできることが、

支援や地域のやさしさにつながっていく。

そんな気がしています。

■表紙の写真■

よし介工芸館の階段の風景です。

時折、作品が入れ替わります。

私自身も、ふとした時に立ち止まります。

きっと、

よし介工芸館のみなさんも、

同じように足を止め、

少しの"あいだ"を過ごしているのだろうなぁと思います。

変わりゆく景色(よし介工芸館・アートスペースわかくさ 課長 石田友基)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

写真はよし介工芸館玄関から見える景色です。目の前には大きな工場があったのですが、数週間前から解体工事が始まり、あっという間に建物がなくなってしまいました。

よし介工芸館がある、遠藤地区では、数年前から区画整理に関する話を耳にすることがありました。調べてみると、藤沢市都市マスタープランの構成というものがあり、遠藤地区では「健康と文化の森地区まちづくり」という計画があるようです。確かに、遠藤地区を見てみると、慶應大学や慶育病院、秋葉台体育館などの大きな施設や森、田畑などの自然もあり、「健康と文化の森」というコンセプトに合っていると感じました。

健康と文化...文化......。よし介工芸館はアートの事業所!都市計画の中に、よし介工芸館という名前を刻めたらカッコよさそうなどと妄想しながら計画をみていました。

景色が変わり、玄関にいる義介先生の銅像が少し寂しそうに見えますが、これから変わりゆく景色に想像を膨らませながら、解体工事の様子を眺めていました。

まちのいんくるひろば(相談支援プラザ・よし介工芸館・アートスペースわかくさ 施設長 小野田智司)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ
相談支援プラザ

ここ数年、健康診断の結果をきっかけに、
退勤後のジョギングを続けています。
夏の夕方、まだ日が高く、
まちはやわらかな光に包まれています。
コースもだいたい決まってきて、
同じ時間に、同じ場所を、同じ格好で、
タッタカタッタカと走っています。

そうしているうちに、
すれ違う同じジョギングする人、
犬の散歩をするグループ、
おしゃべりしながら歩く人たちなど、
"
いつもの顔ぶれ"が見られるようになりました。
自然と「こんにちは~」と挨拶を交わすことも増えていきます。

そんなある日、お休みの日に散歩をしていて、
公園のベンチで休んでいると、
「こんにちは~」と声をかけられました。
一瞬どなたかな?と思いましたが、
いつもの"おしゃべり散歩"の女性のおひとりでした。
少しの時間、ベンチでおしゃべりをして過ごしました。

ふと、『ひろばって、いいな』と思いました。
誰かが計画したわけでも、誰かの持ち物でもない。
ただ、人がそこに集い、関わり、また離れていく......
その繰り返しのなかに、まちの"息づかい"のようなものを感じました。

藤沢育成会が今取り組んでいる「まちのいんくるひろば」も、
そんな"まちの呼吸"を感じられる場所にしたいと思っています。
福祉のイベントというよりも、
誰もが自分らしくいられる「まちのなかの居場所」に。

声をかける人、
話を聴く人、
ボール遊びをする子どもたち、
空を見上げて写真を撮る人、
楽器を練習している人、
ただ通りすぎる人。
すべての人が、ひろばを形づくる大切な"主人公"です。

福祉の世界では、
「支援する人」「支援を受ける人」と区分して語られがちですが、
「ひろば」には、そうした境界がありません。
立ち止まった人が誰であっても、
そこに"関係"が生まれる。
そんな場を、まちのなかに少しずつ増やしていけたらと思います。

いま開催中の「まちのいんくるひろば」にも、
この公園のように、
たくさんの笑い声と笑顔が交わる時間が
生まれたらうれしいです。

「違い」・「間違い」(よし介工芸館・アートスペースわかくさ 課長 石田友基)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

先日事業所内にて、コミュニケーションに関してグループワークを行いました。業務をする中で、意見が平行線を辿ったり、対立してしまうことは往々にして発生することだと思います。そこで、【意見が平行線(対立)となった時の、折り合いのつけ方や普段から気を付ける職員間のコミュニケーションについて考えよう】というお題でグループワークを行いました。

他者と意見が合わないとき、多くの場合は、「違い」であって「間違い」ではないということを聞いたことがあります。そのように考えると、話す側が伝わるように話す工夫は必要だが、それ以上に、聞く側の聞き方にポイントがあると感じました。そのためには、相手の言葉の表面にあるものだけでなく、言葉の背景に目を向けて、その考えや感情がどういった経緯から生まれたものなのか、それらに耳を傾け、分析し、整理をしていく。そうすることで、自分との「違い」が明確になり、次の話の展開につながり、建設的な話し合い、折り合いにつながって来るのだと思います。これが、感情に捉われてしまうと本質(目的)が見えなくなり、「間違い」に発展し、うまく意見交換することができなくなる要因だと感じます。簡単な話ではないが、やはりコミュニケーションは日頃から話しを聞く姿勢や態度、心のゆとりを整え、聞く姿勢を持つことが大切であることを改めて感じることができたワークでした。

写真は24時間エアコン完備で誰よりも涼しい部屋にいるくせに、暑さのせいか溶けている家のウサギです。

50年(相談支援プラザ・よし介工芸館・アートスペースわかくさ 施設長 小野田智司)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ
相談支援プラザ

先日、両親の金婚式のお祝いを

家族が集まり行いました。

50年......

80代の父と70代の母

結婚当初は

30代の父と20代の母

50年.

月で云えば「600か月」

日で云えば「18,262日」

そんな長い年月の中で

きっと"喜怒哀楽"様々なことがあったのだと思います。

子どもを育てるながら

単身赴任があったり

大きな病気や怪我をしたり

祖父母の介護に向き合い

今では孫の世話もしてくれています。

父と母、それぞれにとっての

"主人公"となるエピソードがいくつもありました。

そのエピソードを皆できいて

大笑いしたり、ちょっとセンチメンタルになったり...

とてもあたたかいすてきなお祝いの場となりました。

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そして......

藤沢育成会も50年に向かって歩んでいます。

法人の前身である

地域作業所「星の村共同作業所」を開設されたのは、1978年。

今年で47年が経ちました。

もう少しですね。

藤沢育成会の歩みはコチラをご確認ください。

今では「当たり前」と思える日常も、

制度の変遷の中で本当に様変わりしました。

特に印象的なのは、

障害のある方が

"福祉の対象"から"権利の主体"へと

変化したことです。

昭和の終わり頃でも「保護されるべき存在」として見られており、

福祉は"受けるもの"という印象が強かったと思います。

令和の今、障害のある方は"一人の市民"として

「権利を主張する主体」として位置づけられ、

差別の禁止、合理的配慮の義務化、意思決定支援の推進など

法整備も進んでいます。

次の50年。

60か月、18,262日のその先に......

私たちの今の「当たり前」と思える日常も

どのように変化していくのでしょうか。

とても楽しみです。

■表紙の写真■

金婚式を行った父母の家

孫にあたる世代に飾り付けを

頑張ってもらいました。