日記

湘南セシリアの施設長・課長日記

波多江式インディアン的福祉論㉚(番外編) 「我が家のしきたり」(湘南セシリア・みらい社・湘南ジョイフル施設長 波多江努)

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湘南ジョイフル
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波多江家では一般には受け入れがたいしきたりがある。それは「知らないバンドのTシャツは着るべからず」

音楽好きな私の単なるこだわりを家族に押し付けている。

今年の夏、息子が23歳になった。幼稚園時代からの幼馴染からグリーンデイというバンドのTシャツをプレゼントされた。息子から「父さん、このTシャツをもらってしまったので、僕が好きそうな曲を教えてもらえないかな...」と相談があった。

迷うことなく、世界的ヒットした数曲を紹介した。数日後、曲を聴き続けた息子から「このバンド好きかも」というコメントを確認し、Tシャツに袖を通すことを許可した。

そしてその後、息子は、プレゼントしてくれた幼馴染に「お前、グリーンデイ聞くの?」という質問に「何それ?」 と返事が帰ってきたそうだ。

最近のバンドTシャツブームではそちらの方がマジョリティで、我が家のしきたりがマイノリティなのだろう。(I wanna be the minority)。

最後にひとこと。

幼馴染のおさむ(仮名)!お前は俺の息子同然だ!お前もしきたり守らせたろうか!

息子よ、変な父さんでごめん...

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自分のTシャツを数えてみたら、20着を越えていた

「猛暑日の葛藤」(湘南セシリア 課長 鈴木保志)

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 7月の初旬、リビングのエアコンが作動しなくなった。かなり前から前兆はあり、よくわからないランプの点滅や、異音も日増しに激しくなっていたが冷気は出ていたため放っていた。それが突如、異音とともに可動式の前面パネルがでたらめに動き始め終焉を迎えた。「10年以上よくがんばった!」という思いにふける間もなく、とんでもない暑さにすぐに電気量販店に向かった。

 幸い1週間後の週末に設置予定となったため、その間をやり過ごせばと安堵した。そして待望の設置当日、業者のお兄さんを案内し汗だくでリビングに待機をしていると、エアコンは10数畳用で問題はないもののコンセントの挿し口が200Ⅴ(ボルト)にもかかわらず、このエアコンは100Ⅴ専用と告げられる。この状況に対応する選択肢としては、200Ⅴ用のエアコンに買い替えるか、コンセントを100Ⅴに変更するかの2択とのこと。どちらも嫌だが、エアコンの再購入となるといつの設置になるかわからない、また、コンセントの挿し口を100Ⅴに落とすのであれば、電気技師をこれから呼ぶことが出来るという。あまりの暑さ故に100Ⅴに落とすしか選択肢はなかったが、ボルト数を落とすことが家自体のレベルを落とすような感があり、何とも気持ちが悪い。体中ににじむ汗を感じながら、ネットで200Ⅴから100Ⅴに下げることについて調べていると、そもそも200Ⅴのコンセント挿し口になっているということは、容量の大きいエアコンが適切な部屋であるという認識で、容量の小さいエアコンであれば風量など馬力を上げて使用する必要があり、エアコンの消耗と共に電気代も高くなりやすいとのこと。「百害あって一利なし。」という書き込みも見られ不愉快極まりない。作業をするお兄さんを横目に、2階で涼やかにエアコンの恩恵を授かる妻に「百害あって一利なし。」の理屈を説明する。設置中のエアコンが壊れたタイミングで200Ⅴのコンセントに戻すことを宣言し、自身の気持ちを落ち着かせる。「早く壊れないかなー・・」などつぶやいていると、妻はケラケラと笑っている。笑っていられるくらい大した話ではないのだと自分に言い聞かせ、再びリビングへ戻る。

 間もなく、親方のような男性が現れ、お兄さんに「覚えようか。」と200Ⅴから100Ⅴに変更方法の説明が始まると、将来自分で200Ⅴに変更できるよう食い入るように一緒に説明を受ける。

作業後、200Ⅴと記載されたコンセントの挿し口が床に転がっていたため、そっと拾い上げ今の気持ちを忘れないよう目につく場所に置く。

 作動し間もなく、さほど広くはないリビングとⅤ数で翻弄された私の頭は冷気で満たされ、少々右肩下がりに設置されたエアコンにも、笑って済ませられる自分にホッと胸をなでおろす。

~波多江式インディアン的福祉論㉙~(湘南セシリア・みらい社・湘南ジョイフル 施設長 波多江努)

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部族は不明ですが、「笑顔が神聖なものであり、みんなと分け合うべきものであることをいかなる時も忘れてはならない」という言葉があるようです。

言葉のままに理解でき、共感します。さすがに神聖なものと言われると少し「?」がつく部分もありますが、利用者とよりよい時間を過ごすためには私たちの笑顔は決して忘れてはいけないものですね。また、障害が重ければ重いほど笑顔の持つ力は絶大なものだとも思っています。

この言葉によく似ているのですが、自分が人とかかわる時には「楽しみは2倍に、悲しみは半分こ」ということを意識しています。

そんな想いがあるからか、このインディアンの言葉が妙に心に響くのです。

「(将来の夢)インディアンになる」にはもっと修業が必要ですね...。

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前回紹介した覆面レスラーキーホルダーをアレンジしてみました。

私のプライベートは遊び心しかありません。

「割引の達人」(湘南セシリア 課長 鈴木保志)

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 毎日のように退勤後には酒の肴(刺身)を求めスーパーに立ち寄っている。閉店時間等を考慮した上でスーパーを選ぶのだが、商品の状況によっては店舗をハシゴすることも度々ある。閉店間もないスーパーは、開店時のような鮮やかな商品の陳列やフレッシュな空気感はないが、それでも閉店間際の「割引」はありがたい。ほぼ毎日のルーチンであるため、スーパーごとに自分なりの買い物スタイルを築いてきたつもりだが、上には上がおり自分の中では「割引の達人」と勝手に一目置く女性がいる。

 あるスーパーに一定の時間に行くとカートで多量に割引商品を購入していくのだが、スーパー内の動きに全く無駄がなく、割引商品に群がる人達に近づくや否や次の売り場へと移動をする。自分はヒット&アウェイと勝手に称している。また、時間差で元の売り場に戻る等、気の緩みを感じさせない動きで店内を掌握する様子が伺える。時折、店員と会話していることもありそれがまた猛者感を漂わせる。「もう、~さんにはかなわないですよ~」と機密情報をもらす店員の声が聞こえてくるようだ。とにかくいつもカートいっぱいに購入をしているので、商品をどうするのかは若干気になる。

 先日、自分がめったに行かないスーパーに仕事帰り立ち寄ったところ「達人」が買い物している姿を目にした。時間を確認するといつものスーパーにはまだ間がある・・つまりはこのスーパーで購入後に向かうのではないか!?

 自分にとっては少なからず興奮する出来事であるが「達人」には知る由もない。

※写真は湘南セシリア園庭の満開の桜

波多江式インディアン的福祉論㉘(湘南セシリア・みらい社・湘南ジョイフル 施設長 波多江努)

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4月より、湘南セシリア、みらい社、湘南ジョイフルの施設長となりました。

よろしくお願いいたします。

新年度に伴い、今年の抱負とも思いましたが、

今回もあえて、いつものごとくインディアンの言葉をご紹介いたします。

「土地は先祖からの授かりものではなく、子どもたちからの預かりもの。」

「どんなことも7世代先まで考えて決めなければならない。」

部族不明の2つの言葉です。

「土地」を「福祉(施策、諸計画、施設建物など)」と置き換えてみたり

「子ども」だけでなく、「利用者・家族、障害のある人」を加えてみたら、受け止め方はかなり広がってくる。

また、1世代を30年と捉えると約200年先。

具体的に200年としなくとも

5年・10年先や将来と捉えたとしても

今だけでなく、この先の福祉のあり方がどうあるべきなのか。

これまでの過去に敬意を払いつつ、未来を作っていかなければならないのだろうと思う。

 残念ながら今の自分には、そんな難しいことはできない。

精一杯頑張りながらできそうなことは

いつまでたっても変わらない「普遍的な価値観」を見つけること。

自分が新人だった頃、先輩・上司から何を学び

一人前になってから大切にしてきたことは何なのか

上司となった今、何を託したいのか

何十年もかけながら自分たちは誰に何を伝えようとしているのだろうか。

技術や知識だけではない、今、この日記では言葉にはしきれない「大切な何か」があるような気がしている。

「(将来の夢)インディアンになる」にはもっと修業が必要ですね...。

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我が家に飾ってある覆面レスラーキーホルダー。

難しいことを考えると、モノづくりがしたくなります笑。

「ヒヤリハット」(湘南セシリア 課長 鈴木保志)

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 最近、視力の低下が気になる。12月の健康診断の視力検査の結果も、昨年度と比較するとかなり落ちていた。その他の検査結果が良くないのは心得ているが、視力検査では「右、左」と迷いなくクリアしていくことに若干の誇らしさを感じていたのだが、見えにくいとこれほどにも足掻くものなのか。目を細めたり「右・・いや下かな・・」と看護師の反応に探りを入れてしまう。

 

 つい先日の出来事だが、週末の賑わうスーパーに妻と買い物に出かけた。物価高騰で野菜一つ購入するにも悩むところだが、比較的安いほうれん草が目に付く。妻のもとに駆け寄り「ほうれん草買う?」と顔を近づけると、見覚えのない顔。至近距離の為、あまりの恥ずかしさに「ごめんなさい!」と手を合わせると、相手の方が「大丈夫ですよ!」と爆笑している。頭を下げそそくさとその場を離れ、再接触を避けるべく一定の距離を取りお菓子コーナーへ。お菓子を手に取り妻のもとに駆け寄りカートに入れようとした刹那、見覚えのない顔。カートに入れかけた腕を引っ込め、何かにとりつかれたようにその場を離れる。2度も立て続けに・・! 故意であれば相当な悪趣味である。

 確かに視力の低下を感じるが、今回の件は視力の問題なのか、判別機能の衰えなのか、総じて老化なのか・・いずれにせよ自身の油断と確認不足が招いた「ヒヤリハット」は、恥ずかしさも相まり胸のざわつく帰路となった。