2012年04月24日
毎年、年度初めのこの時期に「法人全体研修」という楽しい恒例行事があります。
この行事は百数十人の職員が一堂に会して日頃の成果を発表したり、講師を招いたりしての勉強会です。今年も湘南工科大学の教室をお借りして講演、分科会でのグループワーキング、パネルディスカッションが行われました。
研修が楽しいというと何となく変な感じですが、毎年内容、表現力ともに充実してゆく職員のプレゼンや、職員が捜してくる専門家の講演を聞いていると「楽しくて、ためになる」行事であることが実感されます。
今年の講演は「ストレスマネジメント」。講師の先生は県で専門職的に仕事をされ、依存症などの分野では知られた方ですが、管理職になるのが嫌で50歳で県庁を辞め、民間会社を設立してストレスに関わるコンサルタントをされています。民間になってからも作った会社の経営者になるのが嫌で、今ではほとんどフリーに近い形で仕事をされているようです。どうやら先生はそのおかげでストレスも少ないようで、県を辞めて以来風邪一つひかないそうです。
▼200人余りが集った藤沢育成会法人全体研修
講演では私たちの対人援助専門職を中心とする職種はストレスのかかりやすい「感情労働」で、セルフケア、ラインケア(職場での組織的な体制でのケア)、専門家のサポートが必要とのことです。講演はユーモアも交えてわかりやすく、チェック表で聴講者自身の状態を自己点検する機会を取り入れるなど、実践的な内容で大変勉強になりました。
午後は分科会で、3つの会場に分かれてテーマ別の発表会とグループワークです。
私は第3分科会に参加しましたが、テーマは権利擁護。まずはこのテーマで取り組んできた1年間を振り返り、これからを提案するプレゼンで、「セシリア」、「サービスセンターぱる」の2部門から発表がありました。それぞれ1年間しっかりテーマに取り組んだ活動内容を盛り込み、聴きごたえのあるプレゼンで、「きっと福祉に関わる大学や専門学校の学生さんや先生が聞いたら感激されるだろうな」と思わされる内容で、こういった職員に支えられて仕事ができる理事長の幸せをかみしめることができました。それに最近の若い人はIT慣れしていて、パワーポイント、動画を駆使したプレゼン方法もプロ顔負けです。
「こんなプレゼンを聞いたら来年の発表者にはストレスだろうな!」と、余計な心配までしてしまいます。
仕事のやりくりの中で心ならずも研修に参加できなかった職員もいるわけですが、この後研修成果をまとめて、参加できなかった職員とも情報を共有することになるでしょう。
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2012年04月23日
18日はコカ・コーラ教育・環境財団のチャリティパーティに参加してきました。私はたまたまかなり長い間、ごみ問題やリサイクル推進関係の仕事をしていたので、この財団の評議員の末席に参加させていただいています。
コカ・コーラは世界中に飲料を売っている国際企業ですが、企業活動と並行して公益的な活動にも取り組んでいます。前述の財団はコカ・コーラが、収益金の一部を社会還元するために作られた組織で、青少年の環境教育や環境保護に関わる活動を支援する環境教育事業、奨学支援事業、青少年のスポーツ振興にかかわるスポーツ教育事業の3本柱で社会貢献を行っています。また、東北大震災被災地への支援に関しては、コカ・コーラ社や従業員その他団体個人からの寄付金をもとに、教育・環境財団に30億円近い基金で「コカ・コーラ 復興支援基金」を設立し、小中学校の復旧やエコ教育支援、被災地の生徒のホームステイ事業などに支援を行っています。
このような社会貢献活動は、CSR(Corporate Social Responsibility)活動の代表的な活動です。CSRとは企業活動が社会へ与える影響を踏まえて、消費者、投資家等幅広い利害関係者に対して適切な行動をする責任があるという考え方です。この考え方に基づいて、安全で品質の良い商品やサービスを提供することはもちろん、環境への配慮や福祉、教育など、社会が必要とする公益的活動が行われています。
最近ではコカ・コーラに限らず多くの大企業が実施していますが、考えてみれば多くの関係者に支えられている社会福祉法人も、考えるべきテーマの一つではないでしょうか?国際標準規格の代表的な組織として知られているISO(国際標準化機構)でも社会的責任は企業に限らないということで、2010年からSR(Social Responsibility)というタイトルで国際規格ISO 26000 を設けています。
ともすれば乏しい財源をやりくりしながら、現在受け入れている利用者の方々への対応に追われてあわただしい毎日を送っている私たちですが、藤沢市内にも人間として当然の暮らしをする権利を行使できない障害のある方々がまだ少なからずいらっしゃいます。まずは一番身近な関係者として、こういった方々にも目を向け、できることを考え、実践することは、わたしたち社会福祉法人のSR の第一歩だと思います。
チャリティパーティには陸上の高野進氏(写真)、サッカーの中田英寿氏、
マラソンの有森裕子さんもゲストとして参加
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2012年04月10日
私は出張などで家を空けている時や雨の日以外は毎朝6時前に起きて犬と散歩をします。
幸い我が家は歩いて5、6分でハイキングコースに入れるほど山の近くなので、林の中を小鳥の声を聴いたり、季節ごとの草木の変化を楽しんだりしながら散歩できます。
▼桜咲く神社も定番散歩コース
ところで「早起きは3文の得」という言葉がありますが、この時期は散歩コースの途中にある竹林でタケノコが取れます。
昼は家族連れなどで結構騒がしいこの場所も、早朝は人気もなく静かで、タケノコ掘りにはもってこいです。例年なら3月の中旬あたりからとれ始めるタケノコも今年の寒さで20日くらい遅く、先週末に初物をとって、朝の味噌汁でいただきました。
取れたてのタケノコはアクがないので糠で茹でずにそのまま使ってもエグミもなく食べられます。毎年この時期は何本も取っているので、まだ地表に出ていない柔らかなタケノコを見つける要領もすっかり身に付き、ちょっとしたタケノコ掘り名人です。
▼タケノコが呼んでいる
土の中のタケノコを見つけるには、上に生えている竹の様子から地下茎の伸びている方向を想像し、少し土が盛り上がっていたり、上から踏むとちょっと弾力があったり、土が乾いている時は、ちょっと湿っている場所を見つけて見当をつけます。
道具は、犬の糞をとったりする小さなスコップひとつなので、欲張ってあまり大きなタケノコを掘ろうとすると大変です。そこで土の中の黄色い先端部の形を見てタケノコの大きさを判断し、あまり大きくなく小さすぎない手頃なタケノコだけを一本だけ掘ります。
このころは前後して、フキノトウやワラビやゼンマイなども取れる場所があり、我が家の食卓に春を運んでくれます。
▼手ごろなサイズのタケノコさんこんにちは
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2012年04月02日
先週山梨県に出張していてたまたま時間があったので南アルプス市の春仙美術館に立ち寄りました。ここは私が1985年に合併前の櫛形町で「アメニティタウン計画」というまちづくりの計画を創るお手伝いをしたことがきっかけで、できた美術館です。
アメニティとは、「心地よい」とか「快適」という意味で、アメニティタウンとは「住み心地の良いまち」といった意味です。
櫛形町は甲府盆地の北東、南アルプスのふもとの町で、武家の礼法である小笠原流発祥の地でもあります。今では小笠原流は礼儀作法の流派として一般には知られていますが、元は鎌倉時代に小笠原長清によってはじめられた弓術、馬術、礼法の流派です。その後兵法、煎茶道、茶道にも小笠原流を名乗るものが出てきましたが、明治期に入って小笠原流礼法という礼儀作法の流派が広まりました。
▼春仙美術館
このように文化的歴史があり、南アルプスという自然に恵まれたまちの魅力を生かしてまちづくりを進めようということで、当時の町長が熱心に取り組まれ、私はシンクタンクから派遣されたプロジェクトリーダーとして楽しく仕事をさせていただきました。
まちの魅力を発掘するために、地域にお邪魔して地元のことについてお話を伺っていると、伺ったお宅のいくつかに素晴らしい役者絵が飾ってあり、それは地元出身の画家・版画家の名取春仙という人の絵だということでした。調べてみると春仙は明治から昭和にかけて活躍した浮世絵師で、弱冠16歳のころから日本画家として活躍し、新聞連載の二葉亭四迷の小説『平凡』の挿絵を描いたことがきっかけで、新聞社に入社、夏目漱石の小説『虞美人草』や『三四郎』、『明暗』、『それから』をはじめ、長塚節、島崎藤村、田山花袋、泉鏡花など当時の著名な文人の挿絵や、雑誌の表紙を手掛けています。その後、雑誌に歌舞伎役者の似顔絵を描いたことがきっかけで、 当代の歌舞伎役者の顔の版画(大首絵)を中心に100種以上の版画を手掛け、近代の役者絵・浮世絵作家として知られるようになりました。
▼名取春仙と役者絵
前置きが長くなりましたが、アメニティタウン計画ではまちの魅力をみんなで探り、それをまちづくりに活かそうということで、計画に盛り込み、当時始まった「ふるさと創生事業」で国からの資金をもとに「春仙美術館」をつくったという次第です。
少し前に山梨県では県立美術館をつくり、ミレーの「落穂ひろい」の絵を高額で取得し、話題になっていましたが、春仙美術館は地元町民の所蔵する版画の寄付を募るなどして、金をかけずに質の高い美術館を目指し、スタート後は海外に流出した浮世絵や役者絵の「里帰り展」を企画するなど、大変いい活動をして、日本版画の関係者からは高い評価を受ける活動をしていました。名取春仙が取り上げられ、美術館までできたことがきっかけで、櫛形町では名取春仙の絵(ミレーの落穂ひろいをイメージさせる『収穫』という絵)をラベルとして使い、特産品のソルダムという果物を使ったワインやリキュールも生産されるようになりました。
考えてみれば小笠原流の発祥の地という文化の土壌の上に、地方の小さな町でも世界に通用する質の高い文化交流拠点を作ることができたわけで、成熟期を迎えた日本のあるべき姿の一例をまちづくり計画の中で実現できたと思います。神奈川県でも中核的な存在になりつつある藤沢市では、これからどんなまちづくりが進むのでしょうか?
▼ソルダムワイン春仙
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2012年03月21日
今日昼前に宅配便が荷物を届けてきました。
開けてみると「うにぎり」の詰め合わせ。「うにぎり」とはウニ飯のおにぎりのことでこれを作った友福丸という海鮮料理屋の社長安倍さんの命名です。
安倍さんとは石巻市のまちづくりの仕事で十数年前にお付き合いが始まり、すっかり意気投合した、私が尊敬する友人です。
この方は網地島ラインという石巻と近くの離島を結ぶ航路事業もやっており、商工会議所のリーダーでもあります。
安倍さんは汽船会社の事務所も、友福丸のお店も津波に流され、大変な経験をされたのですが、不幸中の幸いで、ご家族も社員も全員無事だったので、すぐ事業再開のために奔走されました。友福丸はまずキッチンカーで駅前に再開、その後トレーラーハウスで国道バイパス沿いに再開し、網地島ラインは北上川河口近くに船付き場を再生し、一日3便の航路も始まり、少し一段落したところで、災害以後忙しくて連絡もままならなかった友人に、うれしい宅配便を届けることにされたようです。
安倍さんは生き延びることができた従業員に仕事をあたえ、食べ物や航路事業で石巻の市民に元気を取り戻すことが、生き残ることができた自分の責任だと思って、頑張られたようです。いただいたおにぎりを頬張りながら、友福丸の絶品である「生うにぶっかけめし」とともに安倍さんが見事に復活されたことを実感し、一日中うれしい気分に浸ることができました。安倍さんは「これから石巻のまちづくりの本番が始まる」と腕まくりをされているようで、以前一緒に考えていたまちづくりの構想(北上川にスーパー堤防を作り、その上に新しいまちを再生するなど)の実現に向けた取り組みも始められているようです。
考えてみれば私たちの住む湘南地域も近い将来大規模地震や津波を経験する可能性が非常に高まっています。藤沢育成会では被災した東北の社会福祉法人のために、職員みんなで仕事をやりくりして、交代で支援に出かけましたが、その経験を活かして災害への備えと、被災後の事業継続について検討を進めています。
▼再開した航路事業 :島民の方々も一安心
▼トレーラーハウスで再開した友福丸 :おいしい料理で復興を実感
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