日記

施設長・課長日記

どんなことにも賛否両論 (相談支援プラザ 所長 / 小野田 智司)

相談支援プラザ

先日娘が数年かけて伸ばしていた髪を

ショートカットにしました。

カットした髪はヘアドネーションとして

美容室からとある団体ととおして

必要とする方にお届けするようお願いしました。

娘はなんらかのきっかけで

ヘアドネーションに興味をもち

数年かけて、髪を伸ばし続けていました。

お友達にも髪を

伸ばしている理由(切らない理由)は

数人しか伝えていなかったようで

ショートカットになったときは

学校の先生もお友達も驚いたようです。

さて、娘がヘアドネーションに興味を持ったことを

受けて、私もそれなりに興味を持ちました。

気軽に調べられるインターネットで

検索すると、賛否両論が...

ヘアドネーションに対して私は

良くない印象は持っていなかったのですが

良いとは考えていない理由もたくさんありました。

なるほどなぁと思う考え方もあれば

これば偏りすぎであろうと思う考え方もありました。

ふと、普段の相談支援の在り方を改めて考えると...

よかれと思ってゴールを支援者側で決めていないか、

よかれと思って調整しすぎていないか、

など、振り返っていました。

娘が賛否両論あることを知っていて

ヘアドネーションの取り組みを

行ったかどうかは分かりませんが

やりたいことをやり終えることができて

よかったです。

人はちょっとしたことを、

ぽろっと言葉にして

そのことを周りが

時にさりげなく

時に全面的に

協力することで自己実現が

なされているとも考えています。

相談支援があることで

少しでも自分らしい生活ができるといいなぁ

と、思った出来事でした。

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■写真:ヘアドネーション用の髪

さて、今週末1112()

いんくるフェスティバル2022が行われます。

テーマ

ネットでつながる・地域とつながる・未来につなげる

ということで、

今年はオンラインシステムも使用します。

終了後にはダイジェスト版の発信を行う予定です。

皆さんお楽しみに!

■表紙写真:藤沢市役所分庁舎にてアピール中!

未来に向けて  (法人事務局 事務局長 / 石川 歩)

法人事務局

先日受講した研修でのお話の中で、約100年前の人が予言した100年後の日本について紹介されていました。(1901年の報知新聞の記事だそうです。ご興味がある方は探してみてください。)

 全部で23項目あったのですが、中には「写真電話」や「市街鉄道」など、予言を超えて実現しているものもあり、「人が願ったこと、夢見るもの多くは実現することが出来る」のだと感じられました。100年後の日本、そして世界はどうなっているのでしょうか。

 

 そこまで長い期間ではありませんが、私が藤沢育成会に入職して約20年、障がい福祉の分野も法律、制度、サービス、支援方法に至るまで多くの変化がありました。

 今年度策定した、藤沢育成会の中長期計画「インクルージョンプラン」の中でも30年後を見据えての目標等が描かれていますが、先ほどの23項目に比べるとまだまだ想像力が足りない・・・と感じています。30年あればもっと出来る、くらいの意識で取り組んでいきたいですね。

 話が少しそれますが、2018年から継続しているいんくるフェスティバルを、1112日(金)に開催します。今年はいくつかの会場に分かれて行うため、限定的ではありますが各会場をリモートで繋ぎ、お互いの様子が見られるようにする予定です。

 こういった取り組みが出来るようになったのは、新型コロナウイルス対策のプラス効果なのかもしれません。遠くない将来には、より一歩進んでメタバース(ユーザーがアバターを使い活動できる仮想世界)でイベントが出来たりするかもしれない。様々な方が、それぞれの場所から参加できるようになるかもしれない、などと想像を楽しみつつ、まずは今年のフェスティバルの成功に向けて法人全体で準備を進めています。

※いんくるフェスティバル2022は、いくつかの会場に分かれて行います。秋葉台公園で行う「いんくるパーク」と、秋葉台文化体育館や近隣店舗等で行う「いんくるアート」は一般公開しておりますので、たくさんの方のご来場をお待ちしています。詳細は法人からのお知らせをご覧ください。

『子育て、思い通りになるのは〇〇だけ』(サービスセンターぱる / 課長 高橋 宏明)

サービスセンターぱる

6月に第二子となる次女が誕生した。

日々の子育ての中で、忘れないようにしている言葉がある。

それは5年前、第一子誕生を報告した際、ある上司からの一言。

「子育て、思い通りになるのは名前だけ」

この言葉を聞いた当時は、実感が湧かなかった。

しかし、少しずつ、この言葉の意味がわかってきたように思う。

子育てをしていると

なにを言っても「嫌だ」と怒る時期があるし、

誘ったトイレを拒否して、5分後に漏らすこともある。

食べてほしい野菜も口から出すし、

好きだったトマトも突然食べなくなることもある。

昼寝をせず、夕方眠くて理不尽に怒り、泣くこともある。

「眠くなって泣くのなら昼寝すればいいのに」と何度思ったことか。

習い事は、ピアノと水泳を勧めたが、新体操がしたいとのことで入会。

挙げればきりがないが、思い通りになるのは本当に名前だけ。

小さな子どもにも意思があり、親の思い通りならない事は当たり前。

そして、思い通りにしていいのは名前だけなのかもしれない。

そう思っていると、だいぶ気持ちが楽になる。

これからもこの言葉を忘れずに、1人の人間として尊重しながら子育てをしていきたい。

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△写真はカメラにハマっている長女

『またいつか。ではなく』 (サービスセンターぱる・湘南ジョイフル / 課長 大澤 健二)

サービスセンターぱる
湘南ジョイフル

朝晩と寒い季節となりました。体調管理にはくれぐれも気を付けてください。

さて、新型コロナウイルス感染症対策もだいぶ変わり、今では「全国旅行支援」という、景気回復に向けた取組みが1011日から始まりました。このサービスは、どうやらGoToトラベルと異なるらしい。

ニュースでは、旅館や空港の映像と観光客がこの支援を受け「かなりお得ですね」と喜ぶ様子が流れ、「北海道また行きたいな~」と思う私。

新千歳空港から車で函館、定山渓、小樽、札幌と巡り、富良野へ出る行程は長距離の移動で疲れはしたが、豊かな時間を過ごしたのを今も鮮明に覚えている。

ドラマ「北の国から」が大好きな私は、北海道にとても興味があった。

初めて訪れたのは秋で、翌年は初夏に。旅行会社の知り合いを通して、かなり値引いてもらった。

富良野、布部、麓郷...。撮影地巡りの最後に、田中邦衛さん演じる黒板五郎の帽子がどうしても手に入れたく立ち寄ったのが、富良野にあった北の国から資料館。

その時に買った初代の帽子は、昨年まで愛用。写真の帽子は、黒板五郎がかぶっていたレプリカで、今秋から二代目となる。

20221018 大澤 課長日記 文中写真 (002).jpg

今、資料館は無いものの、この全国旅行支援のニュースをきっかけに、またいつか北海道を訪れたいと思う気持ちを思い出した今日この頃。今度は道北か道東を訪れよう。

今までも何かしらの場面で、「またいつか」「そのうち」などの計画性のない事を考えていたが、しっかりと期日を決めて日々を送りたい。

またいつかではなく来年の初夏には行こう。7月がいい。

『父権主義からの脱却を・・・』( サービスセンターぱる・湘南ジョイフル / 副所長 宗像 喜孝 )

サービスセンターぱる
湘南ジョイフル

ここ数年大好きな秋が短くなっているようで、残念に感じることが多い。数十年後には、四季を感じることができる日本人が少なくなっているかもしれない。息子や娘が一緒に外出をしてくれる今のうちに、子どもたちに日本の四季の良さを伝えていきたいと思う。

さて、920日発刊の福祉新聞にて、『国連の障害者権利委員会が日本に対する初の勧告として、障害児・者の施設収容廃止(脱施設化)を求め、地域で他の人と対等に生活するための支援に予算配分を求めた』という記事があった。見出しには「父権主義からの脱却を・・・」とある。勧告の中では『「グループホームを含む特定の生活様式に住むことを義務付けられないように」と念を押した』とも書いてあった。父権主義とは、パターナリズムの日本語訳として用いられ、意味としては、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援することをいう。福祉に携わっている人でさえ、「父権主義」の活字だけ見て、パターナリズムの意味と解釈するのは難しいのではないか。あらためて、異国の概念を日本語訳することの難しさを感じる。

記事の中では、国連の障害者権利委員会は、グループホームを脱施設化の対象施設として認識しているのが分かる。直近の津久井やまゆり園の再整備の動きや今の日本の福祉サービスの制度設計をみると、日本は上記の世界基準とは程遠いと感じることが多い。今年度、法人の3つの重点項目の中の1つの取り組みとして「日常を"社会的スケール"で見つめ直す」をテーマに取り組んでいる。個人的には、"社会的スケール"とはもちろん日本国内の概念だけではなく、世界的なスケールとも密接に関連していると捉えている。こういった機会を捉えて、世界の福祉の動向を注視することも大切であると感じる。

以前の日記にも書いたことがあったが、藤沢育成会への就職が決まり、入所施設に配属されたことを当時の大学のゼミの恩師に伝えた際、「今後、日本の入所施設は解体されるから、貴重な経験だと思って頑張りなさい」と背中を押してくれたことを思い出す。

(写真)3年ぶりの家族旅行で、栃木県の東武ワールドスクウェアへ。学生の頃のように、いつの日かまた本物のサグラダファミリアを見にスペインへ行きたい・・・。

波多江式インディアン的福祉論⑳ ~番外編:かけがえのない人~ ( サービスセンターぱる / 所長 波多江 努 )

サービスセンターぱる

私には心の師と仰ぐ利用者が3名おり、その1人から「生きること」を学ばせてもらった経験があります。

ひと昔前のことではありますが、師はある理由で脳が委縮し、自分でできることが徐々に減り、大半の場面で介助が必要となったのです。食事を摂取することも困難な状態となり、師の家族は当時の主治医から胃ろう造設を勧められたのです。造設しなければ、徐々に衰弱していくことは言うまでもありません。しかし、家族はそれを拒否したのです。

当時の私は、その判断に大きく動揺しましたが、受け止めざるを得ませんでした。変化していく本人の状態に合わせ、今できることを考え、家族と相談し、支援してきました。

数か月後、本人の生涯を振り返った家族の手記を頂戴する機会がありました。何度も通読することで、家族は師が生まれてから様々な現実を受け入れながら、師を心から愛しており、また師も家族を愛していたことが伝わってきました。(この手記は、今でも私にとって大切なバイブルとなっています。)

あの時の胃ろう造設の拒否は、家族が師に対し、最大の敬意を払いながら「これまで家族のために生きてくれてありがとう。あとはのんびり暮らそうね。」という想いを踏まえた上での判断だったのだと思います。

十数年たった今、私に同じようなことが起きています。

近親者が常時介護を必要とする状態となり、医師からは胃ろう造設を勧められ、拒否することは殺人行為と同じ。と行き過ぎとも思える話を受けました。

しかし、私たちが出した結論は、師の家族と同じです。

「あなたからの優しい気持ちは存分に感じてきました。ありがとう。あとは、のんびり暮らしていきましょう。」

そして、師とご家族の皆さん、かけがえのない経験をさせていただき、生きることを学ばせていただきました。本当にありがとうございました。