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藤沢育成会 施設長・課長日記 | 最新の日記
『ありがとう』と『どういたしまして』(湘南ゆうき村・相談支援プラザ 小野田智司)

日々を過ごす中で、『ありがとう』を言葉で伝えようと意識してすごしております。

 

以前は、相手に"協力"してもらった時に、つい『ごめんね』と伝えていました。

 

でも考えてみると"協力"をしてくれているのですから、"謝罪"ではなくて、"感謝"を伝えるべきなんだと気づきました。

 

最初のころは、言葉にすることも照れて恥ずかしい気持ちになっていましたが、意識して使い続けていると、言葉にすることが心地よくなってきました。

 

それは相手の"笑顔"や『どういたしまして』の言葉からくるのものだと、あとになって気づきました。

 

『ありがとう』というお礼の言葉に対するお礼の言葉『どういたしまして』

 

今度は『どういたしまして』も照れずに言葉にできるように意識します。

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                                                           写真
                        ▲群馬県藤岡市 桜山の寒桜 11月撮影

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「〇〇には理由がある」(法人本部・サービスセンターぱる 石川歩)

ナマケモノという動物がいます。みなさんもご存じの、一日の大半を木にぶら下がってほとんど動かずに過ごすあの哺乳類です。非常にゆったりとした様子と、愛嬌のある容姿とで、癒し系キャラとして動物園でも人気が高いですよね。


 彼らはエネルギーを消費しないことに特化して進化した動物で、草食なのですが一日の食事はわずか葉っぱ10グラム程度、しかもそれを一か月かけて消化するとのこと。血圧も測定不能なほど低く、体温調節のエネルギーも抑えるために、体温が低く、哺乳類なのに変温動物のように外気で体温が変化するそうです。


 容姿やその生態からナマケモノと呼ばれていますが(英語でも同様な意味でSlothと呼ばれているそうです)、実際にはその行動には、当の本人にとってはとても重要な意味・理由があり、ナマケモノは怠け者だからこそ、生態系の変遷の中を生き抜いてきたと言えるでしょう。


 表面にとらわれず、その背景や意味を知ること。それを知ろうと関心を持つこと。日々心掛けていきたいです。


 写真は、前々回、6月の日記で取り上げさせていただいた、建設中の藤沢市役所です。あれから半年、外観はほぼ出来上がったところでしょうか。完成が楽しみです。


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「育つing③ 学校と福祉の接点」(湘南セシリア 妹尾 貢)

藤沢育成会のネクストプランⅡの、育つingプロジェクトについて、過去2回にわたって報告しました。全体の中での、このプロジェクトの位置付けは、主に、子ども・子育てに関しての法人としての取り組みについて、未来を考えていくことです。

 プロジェクトでは、子ども期の支援の大きな課題は、本人が著しく成長する期間である事、それゆえに本人状態についての周囲の理解(障害受容ともいう)が難しい時期であること、ライフステージの変わり目に支援や制度が途切れがちであること、なのではないかという話をしています。

 

 先日、藤沢市立白浜養護学校の文化祭「白浜祭」に参加してきました。アリーナでは中学部、高等部、小学部の順番に、舞台発表があり、他のスペースでは、児童・生徒さんたちの作品展示や販売会・バザーも行われ、藤沢育成会からは、よし介工芸館が販売スペースをいただいて、白浜卒業生の利用者さんに売り子をしてもらいました。

 

私は、白浜養護学校には、ガイドヘルパーや放課後デイサービスのスタッフとして、毎週のように利用者さんのお迎えに行っていましたので、小学校低学年から知っているお子さんが、もう今年で高等部を卒業だと聞いて、またその舞台上での立派な様子を見て、人の成長というものの素晴らしさを改めて感じました。また、その成長の陰には、周囲の家族や先生、事業所の職員などの想いや心配、喜びなどが詰まっているのだろう、とも感じました。

 

いっぽうで、小学部のお子さんについては、知っているお子さんがかなり少なくなってきました。私がサービスセンターぱるから異動して、まだ1年と半年ですが、成人の施設で勤めていると、学齢期のお子さんや学校の先生との接点はかなり減ることを実感しました。その代わり、高等部3年生の実習受け入れで、担任や進路担当の先生とお会いする機会はとても増えました。

 

 教育と福祉の連携がうたわれて久しいですが、本人もご家族も不安が大きいと思われるライフステージの変わり目に、少しでもスムーズに混乱なく過ごせるよう、学校と福祉事業所ですべきことはなにか、今後も考えていきたいと思います。

 

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        ↑写真は、本文とは関係ありませんが、船上から望む富士山。真ん中あたりに小さく写ってます。この時は、イナダ(ブリの子ども)に混じって、メジ(マグロの子ども)が釣れました。「釣る→捌く→食べる」というサイクルを自分一人で行ってみることで、命のありがたさを改めて実感しています。

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「ぼくができることから ぼくにしかできないことへ」(サービスセンターぱる 梅田 忍)

 

すごく素敵な言葉で感銘をうけました。もう様々なメディアに取り上げられ皆さまもご存知の方が多いと思いますが今年の4月に群馬県桐生市で発達障害(アスペルガー症候群)で中学卒業と同時にコーヒーの焙煎を研究した後、自宅を改装してコーヒー豆の販売店HORIZON LABOの経営者になった岩野響さんの言葉です。

 

春先に読んだ新聞の記事からでは岩野さんは、物の距離感がつかめない為、黒板などの字をノートに書き写すことが難しく中学に入って勉強がついていけなくなり不登校になったそうです。ただ、幼少期より味覚や嗅覚に敏感で、カレーのスパイスなども自身で研究して調合していたというので驚かされました。隠し味に使っていたコーヒーと、母が知り合いから頂いて来た焙煎機でコーヒーの奥深さに気づかされて熱心に研究されたとのことでした。できないことを無理してやらせるより本人がやれることを見つけて『僕にもできる』って自信をもってもらうほうが大切だと思った」という両親の協力もあり、出店を進めたとのことでした。

高校進学など葛藤があったものの、家族で行ったタイのプーケットで見た、水平線の美しさで「世界ってこんなに広いんだ、人と違う生き方もいいのかも」と迷いがなくなり、自分のお店を開く決心をされたそうです。開店から大反響で営業は月初めの1週間のみですが毎月大盛況で7日前に完売してしまうとのことでした。

 

 11月の最初の週末、天候は素晴らしい秋晴れで"久しぶりにどこかにでかけよう"と思いたったらすぐ行動してしまう無計画な自分にいつも家族を振り回していますが、ずっとお会いしたかった岩野さんのお店に出かけたいと思いわくわくしながら車を走らせました。

 

夕方の500にようやく到着したのですがどうも営業している様子はなく、隣でお母様が経営している洋品店だけ電気がついていました。たまたま、外に出てこられたお母様に挨拶し伺ったところ、お店が盛況になり営業期間は大渋滞になり近隣にご迷惑になるため10月から通販に切り替えたとのことでした。お母様もお店の接客中であまり話しをしてしまうのも失礼でしたので深い話しは聞けず響さんにお会いすることもできず当初の目的と違うお出かけになってしまいました。無計画行動でまた家族を振り回してしまった反省もありますが山の中腹にある静かな環境とおいしい空気を味わうことはできました。

 

今、放課後等デイサービスで、発達障がいの児童と関わる機会を持たせてもらっています。

日々の支援の中で子どもたちの可能性を信じて、"できることをのばそう"という関わりをしているスタッフをとても頼もしく思っております。

 

気がつけば今年度も、半期も過ぎて1月半立ってしましました。仕事も遊びも計画的に実行しなければいけないとあらためて痛感しました。

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                  (写真) 桐生市 水道山公園からの夕景

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【波多江式インディアン的福祉論!? ③】(サービスセンターぱる 波多江努)

どの種族なのかは不明なのですが...

「あなたが生まれたとき周りの人は笑って、あなたが泣いたでしょう。だから、あなたが死ぬときはあなたが笑って、周りの人が泣くような人生を送りなさい。」という言葉があります。

またまた、波多江式インディアン的福祉論にしてみると...

上記のような考えの下、人の人生を支援できているのだろうか!? というとても大きな任務を突き付けられた気がします。

この言葉には、行間に秘められているモノがたりを想像する事がとても重要なのだと思います。

特に後半にある「あなたが死ぬときはあなたが笑って」の部分は、自分の人生をどれだけ生き抜いてきたのかという敬いをもち、「周りの人が泣くような人生を送りなさい」は、その人が生きていく事を通して、人や社会とどのような関係を築いてきたのか!? という事です。

(他にも様々な捉え方があるとは思いますが...。)

 

少し話は変わりますが、13年前、私が30歳の時に父が他界しました。当時、セシリアで支援員をしていた私は、上司にわがままを言って父を看取るために長期休暇をいただきました。(当時の上司・仲間には、今でも感謝しています。)

数週間の入院生活を経て、私の目の前で亡くなった父の姿に不思議と涙は出ずに「人が亡くなるという事は、他者の心に生きる事」であることを自然に理解できたことを覚えています。

 

そんな体験も踏まえ、もしもインディアンに意見具申できるとしたら「だから、あなたが死ぬときはあなたが笑って、周りの人が微笑むような人生を送りなさい。」とできるといいなぁ...。

なんて思ったりしますが、こんな生意気な事を言ったので...。

「(私の将来の夢)インディアンになる」には、さらなる過酷な修業が必要になってしまったかもしれません...(笑)

 

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                    ↑ 我が家の酋長

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