日記

施設長・課長日記

~波多江式インディアン的福祉論㉙~(湘南セシリア・みらい社・湘南ジョイフル 施設長 波多江努)

みらい社
湘南ジョイフル
湘南セシリア

部族は不明ですが、「笑顔が神聖なものであり、みんなと分け合うべきものであることをいかなる時も忘れてはならない」という言葉があるようです。

言葉のままに理解でき、共感します。さすがに神聖なものと言われると少し「?」がつく部分もありますが、利用者とよりよい時間を過ごすためには私たちの笑顔は決して忘れてはいけないものですね。また、障害が重ければ重いほど笑顔の持つ力は絶大なものだとも思っています。

この言葉によく似ているのですが、自分が人とかかわる時には「楽しみは2倍に、悲しみは半分こ」ということを意識しています。

そんな想いがあるからか、このインディアンの言葉が妙に心に響くのです。

「(将来の夢)インディアンになる」にはもっと修業が必要ですね...。

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前回紹介した覆面レスラーキーホルダーをアレンジしてみました。

私のプライベートは遊び心しかありません。

気持ちを伝える(法人事務局 課長 佐藤和美)

法人事務局

自分の気持ちを伝えることが苦手と感じています。

昔はそうでもなかったので、大人になったからなのかな、とも思いましたが、自分の気持ちを伝えることばを使えていないことに気づきました。

みなさんは、「いづい」という言葉をご存じでしょうか。

東北の方言ですが、"居心地が悪い""違和感がある"などと表現されています。

洋服のタグが皮膚にすれて、ムズムズ、チクチクする時の気持ちを表現する時に、「タグがすれていづいんだよね~」

長袖のシャツを2枚重ね着して、中に着ているシャツが、皮膚と上のシャツの間でよれて、違和感があって着心地が良くない時に、「シャツたごまって、いづいんだよね~」

歯にものが挟まって、取るにも取れず、違和感があり、気持ちが悪いと感じる時に、「歯に挟まっていづいんだよね~」

ゴミ箱を移動し、いつも置いてある場所にゴミ箱がない時に、「ごみ箱の位置が変わっていづいね~」

目にゴミが入り、ゴロゴロしている時に、「目がいづいんだよね~」

集会などで人が密集し、隣の人と密着して、精神的にも空間的にも居心地が悪く、隣の人との距離をあけてほしい時に、「いづいので、移動してもらえますか」

思えば「いづい」で自分の気持ちを伝えてきました。多用していたおかげで、「いづい」で表現以外の表現ができなくなってしまいました。地元にいる時には気づきませんでしたが、自分の思いを伝えられる方言が通じるという環境のおかげで、意思の表出が保障されていたのでした。

福祉の仕事のひとつに環境作りがあります。私たちの仕事は、利用者さんの気持ちや希望を社会に向けて翻訳し、地域の中で実現できるよう支援しています。利用者さんの人生を豊かにいろどりあふれた世界にするために、意思の表出が保障される環境を整備し、自分らしい生活を過ごせるように支援しています。

方言が伝わる地域=自分らしい意思が表出できる場所は、利用者さんにとって、初めは施設の中だけかもしれません。方言が伝わる地域を広げていくこと=利用者さんのしたい暮らし、意思の表出ができることを広げていくことが支援の仕事に似ているかなぁと思います。利用者さんがいきいきと過ごせる場所が増えていく...インクルージョンふじさわですね。

※写真は、"茅の輪"。この輪をくぐり、無病息災や厄除け、家内安全を願うそうです。

リフレッシュ (法人本部 事務局長 石川歩)

法人事務局

以前、20232月の施設長課長日記に、「今年は是非私生活で新しいことに挑戦したい」と抱負を書かせていただきました。

日常に忙殺されなかなか新しい挑戦が出来ずに過ごしていましたが、昨年の11月頃に、息子から「釣りに行ってみたい」との希望をきっかけに、3回ほど釣りに挑戦して来ました。

初めての時は手ぶらで、かつ近場で行ける場所が良いと考え、電車で行ける多摩湖駅前フィッシングエリアに行きました。(私が県外在住のため藤沢からは遠いです・・)

多摩湖駅前フィッシングエリアは、西武園遊園地の流れるプールを活用したフィッシングスポットです。プールのシーズンオフを活かした面白い取り組みだなと前々から気になっていた場所でした。

道具一式を借りてレクチャーを受けて、いざ晩御飯のおかずを・・と二人で意気込んだのですが、残念なら2回行って2回ともボウズでした。

3回目の挑戦で、ゴールデンウィークには道具を買って小田原の海まで釣りに行き、息子はめでたく3匹のカサゴを釣り上げていました。私は釣れませんでしたが、小学校高学年になり外出に付き合ってくれなくなりつつある息子との新たな楽しみを見つけられて大満足です。

写真は文章と全く関係ありませんが、最近我が家の一員になった、仕事の疲れを癒してくれる大切な家族です。先天的に舌が長く顎が短いため、よく仕舞い忘れてしまうのがチャームポイントです。

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~あのね~(相談支援プラザ 課長 一戸香織)

相談支援プラザ

先日、実家に帰省した際のことです。

ふと引き出しの中を整理していたら、懐かしいノートが見つかりました。

表紙には「あのね」と書かれていました。

それは、小学2年生の頃に担任の先生と続けていた交換日記でした。

ページをめくると、当時の自分が毎日の出来事を一生懸命に言葉にしている姿が蘇ってきました。

学校であった楽しいことや少し悲しかったこと、家族とのちょっとした会話まで素直な気持ちで綴られていました。

思い出してみると、毎朝先生が教室に来ると、私は「あのね先生」と声をかけていました。クラスのみんなも話したいことがたくさんあり、自然と先生の周りには人だかりができていました。

そんなある日、先生が「話したいことがあれば、ノートに書いてごらん」と言ってくれたことをきっかけに、交換日記が始まりました。

私だけでなく、クラスのみんなも先生と日記を交わすようになり、それぞれが思い思いのことを書いていました。

日記には、「おばあちゃんがお菓子をもらってきて、あゆみと食べました」といった内容もありました。おばあちゃんは、老人会などの集まりに出かけると、お菓子を食べずに家に持ち帰り、私や妹たちに分けてくれました。

明治時代に生まれたおばあちゃんの優しさと心遣いは、今でも私の心に深く残っています。

おばあちゃんが忘れ物を持ってきてくれたときのことも書かれていました。

「おばあちゃんが忘れ物を持ってきてくれました。うれしかったです」と記されていました。

足が悪いのに一生懸命に歩いて、そっと下駄箱に入れてくれてありました。

おばあちゃんの歩く姿は今でも鮮明に心に残っています。

言葉にするのが難しかったことも、ノートには素直に書けたように思います。

先生は、どんな日も返事を書いてくれていました。

たとえ短い言葉でも「ちゃんと読んでくれている」と伝わる温かいひとことが書いてありました。

今、大人になって振り返ると、あの頃の自分はとても正直でした。

感じたことをそのまま言葉にして、飾り気のない素直な気持ちを書いていたのです。

しかし、大人になると、言いたいことをそのまま伝えることが難しくなってきました。空気を読んだり、言葉を選んだり、本音を飲み込むことも増えました。

誰でも「聞いてほしい」と思う気持ちを持ち続けているのかもしれません。

「聞いてもらえた」と感じられるだけで、心が少し軽くなることもあります。

あの頃の素直さを思い出させてくれた日記。

日記は、私にとって大切な宝物となりました。

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「違い」・「間違い」(よし介工芸館・アートスペースわかくさ 課長 石田友基)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ

先日事業所内にて、コミュニケーションに関してグループワークを行いました。業務をする中で、意見が平行線を辿ったり、対立してしまうことは往々にして発生することだと思います。そこで、【意見が平行線(対立)となった時の、折り合いのつけ方や普段から気を付ける職員間のコミュニケーションについて考えよう】というお題でグループワークを行いました。

他者と意見が合わないとき、多くの場合は、「違い」であって「間違い」ではないということを聞いたことがあります。そのように考えると、話す側が伝わるように話す工夫は必要だが、それ以上に、聞く側の聞き方にポイントがあると感じました。そのためには、相手の言葉の表面にあるものだけでなく、言葉の背景に目を向けて、その考えや感情がどういった経緯から生まれたものなのか、それらに耳を傾け、分析し、整理をしていく。そうすることで、自分との「違い」が明確になり、次の話の展開につながり、建設的な話し合い、折り合いにつながって来るのだと思います。これが、感情に捉われてしまうと本質(目的)が見えなくなり、「間違い」に発展し、うまく意見交換することができなくなる要因だと感じます。簡単な話ではないが、やはりコミュニケーションは日頃から話しを聞く姿勢や態度、心のゆとりを整え、聞く姿勢を持つことが大切であることを改めて感じることができたワークでした。

写真は24時間エアコン完備で誰よりも涼しい部屋にいるくせに、暑さのせいか溶けている家のウサギです。

50年(相談支援プラザ・よし介工芸館・アートスペースわかくさ 施設長 小野田智司)

よし介工芸館
アートスペースわかくさ
相談支援プラザ

先日、両親の金婚式のお祝いを

家族が集まり行いました。

50年......

80代の父と70代の母

結婚当初は

30代の父と20代の母

50年.

月で云えば「600か月」

日で云えば「18,262日」

そんな長い年月の中で

きっと"喜怒哀楽"様々なことがあったのだと思います。

子どもを育てるながら

単身赴任があったり

大きな病気や怪我をしたり

祖父母の介護に向き合い

今では孫の世話もしてくれています。

父と母、それぞれにとっての

"主人公"となるエピソードがいくつもありました。

そのエピソードを皆できいて

大笑いしたり、ちょっとセンチメンタルになったり...

とてもあたたかいすてきなお祝いの場となりました。

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そして......

藤沢育成会も50年に向かって歩んでいます。

法人の前身である

地域作業所「星の村共同作業所」を開設されたのは、1978年。

今年で47年が経ちました。

もう少しですね。

藤沢育成会の歩みはコチラをご確認ください。

今では「当たり前」と思える日常も、

制度の変遷の中で本当に様変わりしました。

特に印象的なのは、

障害のある方が

"福祉の対象"から"権利の主体"へと

変化したことです。

昭和の終わり頃でも「保護されるべき存在」として見られており、

福祉は"受けるもの"という印象が強かったと思います。

令和の今、障害のある方は"一人の市民"として

「権利を主張する主体」として位置づけられ、

差別の禁止、合理的配慮の義務化、意思決定支援の推進など

法整備も進んでいます。

次の50年。

60か月、18,262日のその先に......

私たちの今の「当たり前」と思える日常も

どのように変化していくのでしょうか。

とても楽しみです。

■表紙の写真■

金婚式を行った父母の家

孫にあたる世代に飾り付けを

頑張ってもらいました。